第372話

 渦中に立たされつつある美玖は、やれやれと溜息をついた。

「……で? 兄さんはミクに何をさせたいのよ、何を」

「美玖も変身して、なりきって戦って欲しいんだ。それなら絶対に勝てる」

 これこそが、魔法少女の姉妹に勝利できる唯一の手段だ。

 このオタク趣味全開の妹が、あの美少女戦士になりきり、戦うこと。

「ユニゾンジュエルに変身だ! 美玖!」

「は……はああ~~~っ?」

 妹は悲鳴に似た声をあげる。

「冗談じゃないわよ! 兄さんが陽菜にキスしてあげたら、それで済む話でしょ? どうしてミクが、その、兄さんなんかのためにコスプレまでして……!」

 一方で、里緒奈たちは早くも納得していた。

「考えたわね、Pクン。確かにユニゾンジュエルなら、美玖ちゃんも乗り気で戦ってくれるはずだもの。うんうん」

「美玖ちゃん、あれ大好きだもんねー。ミカルちゃんも2回見せられたしぃ」

 恋姫まで『僕』に賛同する。

「そうね……それしか手はないでしょうね。ええ」

「さては恋姫ちゃん、自分は巻き込まれたくないからって、美玖ちゃんを……うふふ」

 菜々留も含め、全員がマネージャーを矢面に立たせる気満々だ。

 さすがSHINY、連帯感が素晴らしい。

 易鳥は難色を示すも、

「しかし美玖にそこまでのやる気が出せるのか? お前のことなどミジンコくらいにしか思ってない妹だぞ?」

「い、易鳥ちゃん? 傷つくからヤメテ……」

 わざとらしくも『僕』はここで可愛いほうの妹に言及する。

「キュートだったら、僕のために頑張ってくれるんだろーけどさ? キュートなら」

「……っ!」

 ほんの一瞬、美玖の顔色が変わった。

 美玖としては『僕』がどうなろうと構わない。たとえサキュバスに唇が裏返るまで吸引されようと、『ご自由に』の一言で済ませるだろう。

 しかしキュートとしては見過ごせないはず。

 何せ『僕』のファーストキスが掛かっているのだから。 

「……わ、わかったわよ。ただし……その、相応の報酬はもらうから」

「はいはい。声優さんをSHINYのラジオに招待する時は、美玖にパーソナリティーやらせてあげるからさ」

「そっそれを先に言ってってば!」

 ……別にキュートをけしかける必要もなかったか。

「SHINYのために頼むぞ? 美玖」

「はいはい。兄さんと恋人たちのために、でしょ」

 決戦は夜の9時。

 まだ3時間ほどの余裕がある。

 その時計を見上げ、易鳥は踵を返した。

「イスカは一旦帰って、郁乃と依織に状況を説明しておく。8時には戻る」

「うん。ふたりによろしく」

 菜々留や恋姫も席を立ち、それぞれの準備を始める。

「お夕飯はナナルたちで用意するわね。美玖ちゃんは戦いに備えて、休んでて?」

「え、ええ……それで兄さん、エリクサーは?」

「すぐ持ってくるよ。ただ……」

 エリクサーの効用を思い出しながら、『僕』は頭を掻いた。

「美玖も知ってると思うけど、エリクサーには副作用があって……その」

「あ」

 副作用。その言葉に美玖の表情も苦くなる。

「それって危ないやつ? おにぃ」

「危なくはないよ。ただ、ちょっと……飲んでから数時間が経つと、身体が熱くなるっていうか……すごいムラムラしちゃうんだ」

 『僕』は赤面しつつ、鼻の下を人差し指で擦った。

「だから今夜一晩は、僕の部屋には近づかないで欲しい、と言いますか……」

 女の子だらけの寮で夜のシコシコ宣言……涙が出そうです。

 里緒奈がはあっと呆れる。

「なぁんだ、そんなこと? 今さらって感じよねー」

 菜々留は微笑んで、恋姫はキレた。

「お風呂であれだけ、ナナルたちにびゅっびゅしてるものねえ」

「や、やっぱり! 自分で出せるんじゃないですかっ!」

「まままっ待って! あれはほら、みんながニギって離さないから……」

 ピュアな美香留は不満そうに頬を膨らませる。

「むぅ~。ミカルちゃん、まだおにぃが『イク』とこ、見たことないんだけどぉ?」

「それで? お兄様、易鳥ちゃんとはラブホで結局、どこまで?」

 今日もラブホテルで、しかも初対面かもしれない恵菜と致してしまった――などと知られようものなら、命はなかった。

「だっ、だから美玖も副作用は我慢し……いや、我慢しなくていいからね?」

「もう殺していいかしら」

「おにぃが副作用でムラムラするほうが、陽菜ちゃんも納得してくれんじゃないの?」

 妹に殺害される可能性まで出てくるのだから、副作用とは恐ろしい。

(美玖もひとりで××とかするんだなあ……いやいやいや!)

 不埒な妄想を振り払って、『僕』たちは夜を待つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る