第371話

 あの内向的で慎ましやかなメイドの台詞とは思えない。おそらく美香留や菜々留の言う通り、勝負に出たことで吹っ切れたのか。

『今夜、改めてお兄さん先輩をいただきに参りますの。そして……次こそ、お兄さん先輩のファーストキスをいただきます』

『セカンドキスは当然、エナのものでしてよ?』

 姉と同じ顔立ちに、恵菜のほうは不敵な笑みを浮かべた。

『まあ……ひょっとしたら、ファーストキスはエナのものになるかもしれませんけど。お兄さま先輩がエナと陽菜を間違えない、とは限りませんもの。うふふ』

 なぜだろう……ふたりの女の子にキスを求められているのに、怖いのですが。

 美玖がぶっきらぼうに返答する。

「好きにしたら? 何なら一晩でも二晩でも拉致っていいから」

「ななっ何を言ってるんだ、お前は! それでもイスカの未来の義妹かっ?」

「勝手に義理の妹に認定しないで」

 美玖が『僕』を差し出そうとするせいで、易鳥が怒り、ますます一触即発の雰囲気に。

 陽菜が覚悟を決めたような顔つきで宣言する。

『夜の9時に迎えに行きますの。ご抵抗されるのでしたら、どうぞ』

『エナも行きますわ。それではみなさま、ごきげんよう』

 それきり映像は途切れ、テレビは無音となった。

 里緒奈が唇をわななかせる。

「何が何でもって感じ……だったわね。陽菜ちゃん、本気でPクンと……」

 恋姫も諦めの色を帯び始めていた。

「ラブホテルで勝負を掛けたのに、P君に逃げられたから……じゃないですか? それでムキになって、引っ込みがつかなくなってるんです」

 さすが陽菜と同じ女の子ならではの視点だ。参考になる。

「今夜の9時か……」

 魔法少女たちとの決戦は刻一刻と近づいていた。

 妹の美玖が面倒くさそうにぼやく。

「いいじゃないの、兄さんのキスの一回や二回。あなたたち、兄さんとはとっくにそれ以上のことしてるんでしょ?」

「えっ? えーと……ま、まあ? それなりに?」

「また抜け駆けしてるんじゃないでしょうね? 里緒奈」

 里緒奈や恋姫は『僕』のファーストキスを奪われまいと焦っていた。

 しかし正直なところ、『僕』は何が何でも自分の唇を守りたいわけではなかった。相手は可愛いメイドさんだしね、うん。

「お前にはあとでお仕置きだ。ぬいぐるみに戻ったら、憶えておけ」

「易鳥ちゃん? できればその、穏便に……ですね……」

 昨今のアイドルはプロデューサーの心を読むのが上手いから、ほんと困る。

 とにかく『僕』は自分の唇のことより、陽菜や恵菜の気持ちのほうが気掛かりだった。

 このような形のキスでいいのか。

 『僕』への好意にしても、無理な力が働いてはいないか。

 ただ――これはSHINYにとって最大級のチャンスでもあった。

 『僕』は立ちあがり、拳をぎゅっと握り締める。

「戦おう、陽菜ちゃんたちと。僕のためじゃない……SHINYのために」

 里緒奈が瞳を瞬かせる。

「え? SHINYのためって、どういう……」

「SHINYがこの夏を乗り切るためにも、陽菜ちゃんの力が必要だからだよ。それにみんなだって、ここで陽菜ちゃんが我を通して、納得できる?」

 その言葉に恋姫と菜々留が頷きあった。

「納得できません、絶対。レンキが戦えるなら戦ってます」

「ナナルだって許せないわ。陽菜ちゃんのことはナナルも好きだけど……ううん、好きだからこそ、こんな真似はして欲しくないもの」

 美香留がぐるんぐるんと腕をまわす。

「よぉーし! ミカルちゃんも頑張るぞ~」

「待ちなさいったら。戦うにしても、こっちも魔法じゃないと」

 美香留に戦ってもらえば、勝つことは難しくなかった。ただし相手が怪我をする。

 戦闘の目的は魔法少女を倒すのではなく、無力化することだ。そのためには、こちらも魔法の力で相対しなければならない。

 易鳥が悔しそうに歯噛みする。

「魔力さえ回復できれば、次こそイスカが……お兄ちゃま、エリクサーはないのか?」

「あるにはあるよ? すぐにも態勢は整えられる」

「なんだ、あるんじゃないか。じゃあイスカと美玖で――」

 けれども『僕』は易鳥の提案を飲まなかった。

「闇雲に戦ってもだめだよ。同じ2対2でも、連携は向こうのほうが上手だし」

「美玖は戦うとは言ってないんだけど?」

 真正面から挑んだところで、結果は火を見るより明らか。

 確かに数のうえでは2対2だが、こちらは美玖の戦意が低い点がひとつ。

 逆にあちらは陽菜、恵菜ともに戦意が高い点がひとつ。また、次は間違いなく陽菜も積極的に出てくるだろう。

 エリクサーで魔力を回復したところで、防ぎきれるものではない。

 しかしひとつだけ、魔法少女の姉妹に勝てる方法があった。

「美玖。今夜は美玖にひとりで戦って欲しいんだ」

「……は?」

 『僕』の唐突な提案に、妹は怪訝そうに眉をひそめる。

「ミクがひとりで勝てるわけないでしょ。兄さんのサポートがあっても同じことだわ」

「そ、そうだぞ? お兄ちゃま。イスカも出ないことには」

「おにぃ、何言ってんのぉ?」

 易鳥や美香留たちも戸惑う中、『僕』はハッキリと言い切った。

「易鳥ちゃんは最大の戦力だよ? でも今夜は、どこまで『なりきるか』の勝負なんだ」

 恵菜はマジカルラピスに変身することで、魔法の力を行使している。

 しかしあの変身は『僕』の変身と同じで、あくまで容姿を替えるだけのもの。単に魔法を使うだけなら、変身する必要などない。

 だったら、なぜ変身するのか?

 魔力という形のないモノに、具体的なイメージを与え、引き出しやすくするためだ。

 厳密には、恵菜はマジカルラピスに変身しているのではない。

 マジカルラピスという魔法少女に『なりきる』ことで、力を発揮している。

「物理的な殺傷力に転化しない、純粋魔力の攻撃だからね。本人のイメージ次第で、威力が全然変わってくるんだ」

 恋姫と里緒奈が首を傾げ合わせる。

「魔法にも色々あるのねー。リオナたちにも使えたら面白いのに」

「定期試験を魔法でクリアしたいだけでしょう? 里緒奈は」

「ギクッ」

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