第367話

 その隙に易鳥は空高く跳躍。ジャンプの最高地点で魔力を溜め、戦場を見下ろす。

 マジカルラピスの実体も分身もすべて一網打尽にできる、絶好のチャンスだ。

「ゆくぞっ! 力宿りし覇者の――」

 にもかかわらず、天音騎士は虎の子の必殺技を撃たなかった。

 普通に着地し、何事もなかったように続ける。

「力宿りしはひゃの……じゃない、やり直し! 力宿りし覇者の剣、おっおわあぁ?」

 ライフルが馬鹿に命中した。

「剣の名前なんてどうでもいいでしょうがっ! さっさと――きゃああっ!」

 易鳥の大技をあてにしていた美玖も、背中に直撃を受ける。

 そのダメージで魔力が底をつき、易鳥の剣も美玖の攻撃魔法も消えてしまった。

 アホの天音騎士様が悔しそうに歯噛みする。

「人前で聖剣を振るえる機会など、そうないんだぞ? 名前を憶えてもらおうとして、何が悪い……! ママも聖剣で戦う時は、この名を必ず相手に伝えろと」

「ほんっと、頭の中身は兄さんと同レベルなんだから……!」

「ちょっと美玖? 僕、ここまで酷くないぞ?」

 最初から『僕』たちにチームワークなどなかった。

 マジカルラピスが分身を回収しつつ、傍へ歩み寄ってくる。

「思ったより手こずりましたわ。それでは、お兄さん先輩はいただきましてよ」

 ひょいっと抱えあげられる『僕』は、無力なぬいぐるみに過ぎない。

「へっ? 陽菜ちゃん、僕をどこへ?」

「今度こそふたりきりになれる場所ですわ。うふふっ」

 陽菜は不敵に微笑むと、瞬く間に『僕』を誘拐してしまった。


                   ☆


 いつぞやのラブホテルへ窓からチェックイン。

「はわびゅっ!」

 ぬいぐるみの『僕』はベッドへ叩きつけられ、トランポリンだワ~イ……じゃなくて。

「ひ、陽菜ちゃん? ここがラブホだって、わかって……」

「先に変身を解いてくださるかしら」

 陽菜は躊躇いもなく『僕』の眉間に拳銃を当て、引き金を引いた。

 『僕』は一時的に魔力を消失し、変身を維持できなくなる。

「そうか、さっきもこれで……ああっ?」

 そのことに気を取られていたせいで、丸裸になってしまった。

 よりにもよってラブホテルのベッドの上で。

 さしものマジカルラピスも赤面し、真横まで顔を背ける。

「おおっ、お兄さん先輩? せ、せめてパンツくらい穿いてくださいませんこと?」

「剥いたのは陽菜ちゃんだからね? ね?」

 慌てて『僕』は枕で股間を隠した。この手の状況は何度目だろうか……。

 陽菜も変身を解き、もとのレオタード少女に戻る。

「さて……また誰かが割り込んでくるとも限りませんもの。さあ、お兄さん先輩? 今のうちにヒナと一線を越えてしまいましょう……うふふふ」

 そして彼女はベッドに膝で登り、じりじりと裸の『僕』へ迫ってきた。

 レオタード一枚の大胆なプロポーションが『僕』に危うい高揚感をもたらす。

「ま、待って? ホテルにお金……」

「そんなもの、魔法でどうとでもなりますわ」

 二度目だけに、いよいよ有無を言わせない威圧感だ。

 これは絶対に逃げられない。易鳥のようなヒーローの救援も望めない。

(一線を……陽菜ちゃんと、ここで……) 

 だからといって、彼女と男女の関係を持つつもりはなかった。

 それに『僕』にはまだ、最後の手段が残されている。

「わかったよ。陽菜ちゃんと一線を越える。それでいいね?」

「やっと覚悟が決まりましたのね」

 勝利を目前に陽菜は余裕の笑みを綻ばせた。

「うん。でも陽菜ちゃんは高校生だから、今日は『途中』まで。それじゃあ……」

「……はい? お兄さん先輩、途中って……何を仰って……?」

 その美貌が不意に疑問符を浮かべる。

 さすがにセックスは無理だが、その予行演習くらいなら。

 里緒奈、菜々留、恋姫、美香留、易鳥、さらには妹(キュート)まで、『僕』は実に6人もの女の子とニャンニャンを経験している。

 最後まではせずに、だ。それでも彼女たちは満足してくれたわけで――。

「大丈夫だよ。ちゃんと僕が気持ちよくしてあげるからさ」

「え――えええええっ?」

 おとなはそのまま、こどもはBボタンよ。

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