第366話

 しかし屋根は無傷で、砲弾にしても残骸ひとつ残っていない。

「兄さん、これは?」

「魔力装填……そうか! 威力を魔力だけに限定してるんだ」

 魔法で炎や雷を作り出せば、ひとを傷つけたり、ものを破壊することはできる。

 それを調整し、ダメージの対象を魔力に絞れば、どうなるか。

 誰も傷つけず、何も壊さず。しかし『魔力を有する』相手には通用し、その身体ではなく魔力の量にダメージを与える。

 つまり魔法使いだけを無力化できるのだ。

(さっきの魔法消去も多分、これの応用か……。普通のひとや美香留ちゃんなら、びっくりするだけで済むだろうけど)

 ただ、条件はこちらとて同じ。易鳥の剣が鈍い光を帯びる。

「久しぶりに骨のある相手とやれそうだな!」

「ミクも手伝うわ。まずは無力化して……話を聞くのは、それからでも」

 攻撃魔法の使い手として、美玖も戦線に加わった。

 『僕』は認識阻害の範囲を拡大しつつ、さらに強化しておく。こういう場合、攻撃系の魔法を使えないことが歯痒い。

「僕はサポートに徹するよ。ふたりとも、頑張って」

「任せておけ!」

 そしてこういう時の、天音騎士様の頼もしいこと。

 迫りくる砲弾を剣で弾くとともに、易鳥はその場で一回転。遠心力に反動も加えて、水平に美しい剣閃を放つ。

「そこだっ!」

 波動が風を引き裂き、マジカルラピスのバズーカ砲まで届いた。

「な、なんですって?」

 まさか剣士にロングレンジで攻撃されるとは思わなかったらしい。マジカルラピスは真っ二つにされたバズーカを即座に捨て、真横へ跳ぶ。

 すかさず、そこを美玖の魔弾が狙った。

「こっちだって、それなりに攻撃魔法は訓練してるのよ! はあっ!」

 しかし3発のうち1発は狙いが甘く、体育館の屋根へ落下。

 と思いきや、その屋根で魔弾が跳ね返り、マジカルラピスの死角を急襲する。

「そうはさせませんわっ!」

 ところがマジカルラピスはそれさえも察し、空中で前転。

 被弾面積を最小にすることで、三発の魔弾すべてをやり過ごす。

「いやあの、バトルものじゃないよね? これはアイドルの青春ドラマであって……」

「来るわよ! 兄さん!」

 ぬいぐるみの『僕』が戸惑う間もなく、今度はマジカルラピスのほうから攻めてきた。屋根の上を駆ける魔法少女の姿が、ふたつ、よっつと倍々に分かれる。

「分身か! あれはどういう魔法だ?」

「本体はひとつのはずだよ!」

 この短時間で実体の分け身を作り出すなど、彼女でも不可能だろう。つまり4人のうち3人は立体映像のようなもので、攻撃力も持たない。

 それでも4人一遍にマシンガンを構えられると、惑わされる。

「シ、シールド!」

 間一髪、『僕』の防御が間に合った。

 真横から降り注ぐ弾幕が、『僕』たちの前進を阻む。

「おとなしくお兄さん先輩をお渡しなさいッ!」

「だ、誰が……! お兄ちゃまの貞操を狙う痴女が、偉そうに!」

「あなたもでしょうが」

 その弾幕が止んだのも束の間、続けざまに逆方向からも射撃が来た。

「えっ? いつの間に入れ替わったっていうの?」

「6人に増えてるんだ! まずいぞ!」

 『僕』も美玖もシールドを張りなおすのに精一杯で、反撃のチャンスを逃す。

 分身は本物を含めて4人、と思い込んでいたのが浅はかだった。右に左、さらには後ろからもマシンガンの掃射が迫り、バズーカの砲撃まで紛れ込む。

「バズーカならさっき易鳥ちゃんが……」

「スペアも用意してるようだな」

 易鳥の言葉に、はたと『僕』は違和を感じた。

(……スペア?)

 マジカルラピスからの猛攻が、一発ごとのインターバルは長いものの、弾速と威力に特化した攻撃に切り替わる。

「これはライフルね……このままじゃ埒が明かないわ」

 その弾道を睨みながら、美玖が姿勢を低くした。

「虚像にしたって、あれだけ精巧な分身よ。本体からそう遠くへは行けないはず……その効果範囲を上まわる、そう……全体攻撃で一気に決めましょう」

 6人もの分身から瞬時に本体を見極め、さらに攻撃を仕掛けるのは、至難の業だ。

 だったら、いっそ全部の分身を一度に攻撃してやればよい。

 易鳥が聖剣を力強く握り締め、はにかむ。

「よし! イスカがまとめて殲滅するから、お前はやつらを一ヶ所に集めてくれ」

「やってみるわ。兄さんも手伝って」

「う、うん」

 ライフルのインターパルを読んで、『僕』たちは一斉に打って出た。

 怖いが、食らっても怪我をするわけではない。里緒奈や恋姫の殴る蹴るに慣れているおかげで、弾幕の中でも平静を保っていられる。

「なかなかしぶといですわね。ですけど……これならっ!」

 痺れを切らせたのはマジカルラピスも同じらしかった。分身を半分の三人に減らし、その三方向から間合いを詰めてくる。

「もうひとり隠れてるかもしれないぞ! 気をつけて!」

「わかっている!」

 『僕』の読み通り、屋根の向こうから狙撃してくる4人目がいた。

 易鳥も美玖もステップでそれをかわし、『僕』はシールドで凌ぎきる。

(分身ごとに武器が違うのか? いいや……)

 美玖が近いほうの3人を牽制しつつ、一直線にスナイパー役を目指した。

「兄さんが欲しいなら、まずはミクを倒すことね!」

 世界で一番お兄ちゃんを殺したがっている妹の台詞とは思えないが。マジカルラピスたちは挑発に乗せられ、四方向から美玖に狙いを定める。

「あなた、妹でしょう? お兄さん先輩の恋愛沙汰に介入するおつもり?」

「気色悪いこと言わないでッ!」

 そうそう、これこれ。『僕』の妹はこうでなくっちゃ。

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