第365話

 易鳥が仁王立ちで陽菜をねめつける。

「さて……こいつは確か、SHINYの寮にいたメイドか。お兄ちゃまの前で、これ見よがしにレオタードなど着て、どういう……………」

「あのぉ? 易鳥ちゃん?」

「いや、なんだ……レースクィーンの時もそうだったが、イスカもハイレグを着たほうがいいのかな、と。お前、好きだろう? ああいうの」

「それ、別に大事な話じゃないよね? 僕を貶めるだけでさ?」

 今ひとつ緊張感に欠ける易鳥に対し、陽菜も正面切って相対した。『僕』のほうにはレオタードが食い込むお尻を、無防備に向けて……あーだめ、今ほんとだめ。

 易鳥が何やら眉根を寄せる。

「……む? 貴様……」

「とんだ邪魔が入ってしまいましたわね。……ですけど!」

 次の瞬間、『僕』たちの視界は強烈な光によって遮られた。

「うわあああっ?」

「うろたえるな! ただの目くらましだ!」

 『僕』や易鳥は耐性のおかげで直撃を免れたものの、体操部の面々は失神。

「少し眠ってもらっただけですわ」

 陽菜は更衣室の小さな窓をするりと抜け、外へ飛び出す。

「逃がすかっ!」

「待って、易鳥ちゃん! これ解いて」

「変身すればいいだろう」

「……あ。そっか」

 陽菜が離れていったことで、魔法消去のテリトリーも遠のいた。

 『僕』はぬいぐるみの妖精さんに変身して、易鳥とともに陽菜を追う。

「さっきの身のこなし、普通の人間ではないぞ?」

「うん! あの子は一体……」

 レオタードの彼女は超人的な脚力で塀を飛び越え、体育館の屋根へ上がった。

「ちょっと、Pクン! あれって何なの?」

「あとで説明するから! みんなは離れてて!」

 里緒奈たちのいるプールからは丸見えなのに、陽菜は気にも留めない。

 易鳥も『僕』を小脇に抱え、天音魔法で同じ高さまで跳躍する。

「待ちなさいったら、兄さん! 易鳥!」

 そのあとを、スクール水着の恰好で妹が追いかけてきた。

「学校だぞ? 美玖。魔法使いだってことがバレたら」

「だから、兄さんは認識阻害を維持してて。あの子は……ミクと易鳥で」

「ああ。行くぞ、未来の義妹」

「誰があなたの義妹よ! 兄さんはあげるけど」

 体育館の上で、『僕』と易鳥、美玖と。

 SHINY寮のメイドで体操部の陽菜が、十メートルほどの間合いで対面する。

 天音騎士の易鳥が愛用の剣を召喚し、鞘から引き抜いた。

「この『力宿りし覇者の剣オーディン』で、我が正しさを思い知らせてやろう」

「「ぐあああッ!」」

 『僕』と美玖は屋根の上にも構わず、もんどりを打つ。

 さしもの妹も赤面し、声を震わせた。

「お願い、その名前やめて……聞いてるだけで恥ずかしいのよ!」

「お前なあ、これは天音騎士団に代々伝わる聖剣で……」

「神楽陽子せんせーの著書で出てくる剣だよ! 黒歴史を掘り返さないであげて!」

 銃刀法違反だの、相手に怪我をさせかねないだのは、些細なこと。易鳥は両手でなんちゃらオーディンを握り締め、十メートル先のターゲットを見据える。

 しかし刃物を見せられても、陽菜はまるで動じなかった。

「そちらがその気でいらっしゃるなら……こちらも使わせてもらいますわ」

 青色のペンを高々と掲げ、呪文を唱える。

「ミラクル・マジカル・アーップ!」

 虹色の光の帯がレオタードの少女を包み込んだ。

「……はい?」

 『僕』と美玖は口を閉じるのも忘れ、唖然とする。

 眩い光の中で彼女はターンしながら、手袋、シューズ、ミニスカートと装いを新たに。腰の後ろでリボンがひとりでに結ばれ、大きな蝶となる。

 額に合わさったティアラが銀色の光を弾いた。

 かくして変身は完了。

「魔法少女ミラクルラピス、見参ですわ!」

 アニメの中にだけいらっしゃるはずのかたが、現実に飛び出してきてしまった。

「ええええ~っ!」

 『僕』も美玖も兄妹揃って仰天する。

 まほうしょうじょ? えっ? まほうしょうじょってナンデスカ?

 易鳥が戦々恐々と冷や汗をかく。

「そ、そういえば……聞いたことがある」

「そのフリもやめて! どこで聞いた話を語る気なの?」

「広義でいうなら、ミクもあなたも魔法少女に該当するでしょうが」

 えーと……魔法少女って何歳までだっけ。

 それに加え、ぬいぐるみの『僕』は愕然とした。

「魔法少女のコスが可愛いのは認める、けど……せっかくのレオタードが……!」

「SHINYのメンバーに着てもらいなさいよ。土下座でも何でもして」

「言ってる場合か! 相手は魔法少女だぞっ?」

 易鳥が『僕』を叱りつけた隙を突き、青き魔法少女が動き出す。

「悪く思わないでくださいますこと? あなたたちを蹴散らして、お兄さん先輩をいただきますわ! 魔力装填っ!」

 マジカルラピスは大きな筒状のものを呼び出し、それを肩に担いだ。

 たまらず『僕』は突っ込む。

「それ、バズーカだよね? 魔法じゃないよね?」

「マジカルバズーカでしてよ」

「何でも『マジカル』って付けたら魔法になるわけじゃないってば!」

 これ以上は問答無用とばかりに砲弾を叩き込まれた。

 『僕』たちは回避するも、体育館の屋根に直撃。

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