第364話
体操部の女の子たちがキャピキャピとはしゃぐ。
「ねえねえ、どーする? 一番は陽菜ちゃんとしてぇ、次は?」
「わ、私も! 私もやっぱり混ざる!」
「ちょっと、まっぴー? さっきまで怖がってたくせに~」
「そりゃP先生は人気あるし、ルックスがこれだもん。私もツバつけちゃおっと」
異様に盛りあがっているようで、誰の目も笑っていなかった。
まるで『僕』を値踏みするような、脂ぎったまなざし。昨夜の菜々留や恋姫と同じ視線だけに、『僕』はさらなる危機を直感する。
「ぼっ、僕をどうしようっていうの、かな……?」
男子の『僕』を学校に突き出すつもりではないらしい。
考えられるのは脅迫か。ここで写真を撮り、それをネタに『僕』から搾取するとか。
(……いやいや、落ち着け。冷静になるんだ)
しかし『僕』は魔法使いだ。
魔法消去の影響下さえ脱すれば、認識阻害も効果を発揮する。
その力で彼女たちをかく乱しつつ、ぬいぐるみに変身すれば、何とかやり過ごせるだろう。疚しい写真が流出したとしても、人間の男性のものなら赤の他人で済む。
ただ、そのくらいは陽菜もわかっているはずで。
「目的を聞かせてよ、陽菜ちゃん。その内容によっては僕も逃げたりしないからさ」
殊勝な態度で尋ねると、陽菜は満足そうに微笑んだ。
「そうですわね……できればヒナも、お兄さん先輩の意志でして欲しいことですから。でも、まだそれを解くわけにはいきませんわ」
拉致という犯罪行為に自覚はあるのか、気分が高揚しているらしい。
(こんな豪胆な女の子だっけ? 陽菜ちゃんって……)
とても信じられなかったが、現実は現実。
あえて『僕』は抵抗せず、彼女の要望に耳を傾けた。
「実はヒナと……男女として『一線を越えて』いただきたいんですわ」
そのフレーズにぎくりとする。
男女で一線を越える――それすなわち、少年ではなく思春期の男子が憧れる、あの合体シーンのことだ。しかし男子ならまだしも、女子が口にすると重い。
一般的にセックス(言っちゃった)とは、男性が性欲を満たすため女性に要求するものだろう。夫婦などは違うのかもしれないが、『僕』にそこまでの知識はない。
なので、それを女性のほうから要求することには、並々ならない覚悟を感じる。
「ほ、本当にヒナちゃん……僕と?」
「はいですわ」
動揺を隠しきれない『僕』に対し、陽菜は威風堂々と構えていた。
本気で『僕』とセックスをするつもりなのか。
「その……まさかここで?」
「ええ。でないと、逃げられてしまいますもの」
またしても『僕』は耳を疑う。
(ここで、って……体操部の部員が見てる前でっ?)
な、なんだこのリアル・エロゲー・シチュエーションは……?
女子校の密室で、十人近い女の子の前で、体操の実技?
確かに器械体操には『床』という競技はある。それ用のマットも積んである。
しかしここで保健体育の実技をしようものなら――『僕』は法廷に引っ張り出されるだろう。傍聴席から『僕』を蔑む、美玖や恋姫の冷ややかな視線まで想像できるぞ?
おまけに後方の体操部員たちまで。
「ジャーン、ケーン!」
「やったあ! 陽菜ちゃんの次は私ね!」
「もお~。なんでチョキ出しちゃったかなあ……」
間違いない。順番に『僕』を狩るつもりだ。
(嬉し……じゃなくて! レオタードとか好きだけど、これはさすがに……っ!)
脳裏でふと、昔読んだ少年漫画のワンシーンが膨らむ。
この状況に既視感があると思ったら、それだ。
ヒロインを拉致した連中が、順番を巡って、まずはジャンケン。
そして勝者は下品な奇声をあげ、敗者どもは悔しがる。
『ヒャッハー! オレからだぜ!』
『ちっくしょう……ずっと狙ってたのによォ』
……あ、あれ?
ひょっとして『僕』、ヒロインのポジションなの?
けれども漫画と同じなら、次の展開は決まっているわけで――。
突然、更衣室のドアが蝶番ごと弾け飛ぶ。
「無事かっ? お兄ちゃま!」
ヒロインの危機に今、まさしく騎士様が駆けつけてくれた。
まさかの救援の登場に、これまで優勢だった陽菜たちが俄かにたじろぐ。
「どっどなたでして? そ、その制服はケイウォルス学院の……!」
「あれ、KNIGHTSよ! KNIGHTSの易鳥!」
しかも馳せ参じたのは、先日も話題になったばかりのアイドル。
「易鳥ちゃ~んっ!」
「情けない声をあげるな。まったく」
救出対象を『お兄ちゃま』などと呼ぶ割に、幼馴染みは今日も勇ましかった。
惚れそうだぜ……。
「遊びに来たら、お前が水泳部の練習に来ないと、美玖に聞いたのだ。……よもや、こんなところで閉じ込められていようとは……お前はお姫様か?」
助けに来たのが美玖や恋姫だったなら、この状況を見て、『僕』が彼女たちを誘い込んだものと早とちりするだろう。本当に『僕』は運がよい。
……いや運がよかったら、そもそも監禁なんてされないか。
とりあえず悪運は強いということで。
「よくここがわかったね」
「お前が何か喋れば、天音魔法で位置を拾えるからな」
さすが一子相伝の天音魔法はデタラメだ。
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