第363話

 そんな中、キュートがメンバーを鼓舞する。

「でもでもっ! アイドルフェスティバルで活躍すれば、いよいよ『大人気アイドル』の仲間入りだよ? ねっ、お兄ちゃん」

「もちろん。そのために春先から色々やってるわけだしね」

 このビッグイベントは『僕』たちにとって、最大級のビッグチャンスだ。

 いくら業界最大手のマーベラス芸能プロダクションで、魔法の力があるといっても、今の二倍、三倍と売り上げを伸ばすことは難しい。

 しかしアイドルフェスティバルの大一番を制すれば、SHINYはさらに躍進できる。それこそ有栖川刹那の率いる、あのSPIRALのように。

 巽Pが肩を竦める。

「んまあ、始まってもいねえアイフェスで、あーだこーだ言ってもな。やることやって、当日はいつものライブくらいの感覚でやりゃ、いいんじゃねえか? おい」

「かもねー。リオナたちはプロデューサーじゃないんだし」

 里緒奈たちも思い悩むのはそれきりにして、元気よく顔をあげた。

「アイドル活動は当然として、夏は水泳部の大会だってあるでしょ? みんなで先輩たちの応援に行かなくっちゃ」

「ミカルちゃんも! 夏休みはあちこちに応援に行くってぇー」

「何でもやっとけ、やっとけ。遊ぶのは大人になってからでも、できるんだ」

 芸能活動にクラブ活動。JKアイドルは大忙しだ。

「あとはね、お兄ちゃんとデート!」

「はいはい……」

「手を出さないでくださいよ? シャイP。大事な時期なんですから」

 後輩に釘を刺される『僕』ってカッコ悪い……。

 さらに綾乃はSHINYのメンバーにもキッパリと警告する。

「それから来月の定期試験も。試験の結果はマーベラスプロに提出しますので」

「ひい~~~っ!」

 女子高生だからね。勉強もしないとね。


                  ☆


 と、そこまではよかった。

 お昼ご飯を食べて、午後はS女で体育を教えて……そこもよかった。

 夏のブルマもイイネ。陽気がフトモモを眩く照り返らせるところが、また何とも。

「んぶっびゃらぶ!」

「死ねッ!」

 デレない妹にドライブシュートを決められてしまったが、同じクラスの美香留に介抱してもらえたし、お目当てのブルマ全部でスーハーも堪能できた。

 ところが放課後のこと。

 『僕』は今、体操部の更衣室にいる。

 それも変身が解けた状態で。

 間一髪で服を着ることはできたものの、両手を背中の側で拘束されて――。

(なんでぇえええ~っ?)

 体操部に呼ばれて立ち寄った矢先、魔法消去(ディスペル)が発動したのだ。しかし犯人は美玖でもなければ、キュートでもない。

「上手く行きましたわ! うふふっ」

 目の前の彼女がボールペンのようなものを指先でまわす。

「本当に男性の魔法は簡単に消せますのね。勉強になりましたわ」

「君は一体……いや、どうして君が……?」

 『僕』は混乱していた。

 女子校の中、それも体操部用の更衣室の中で。

 絶体絶命だとわかっていても、逃げる方向に頭が働かない。真正面にいる女の子の、その見覚えのある顔立ちに驚愕する。

「陽菜ちゃん……」

 相手はSHINYの寮で家事全般を任せている、陽菜だった。

 美玖や美香留と同じ一年一組で、先ほども『僕』は体育の授業で会っている。

 陽菜は今朝とは別物らしい、淡い青色のレオタードでグラマラスな身体つきを引き締めていた。これで大会に出場して大丈夫なのか? 一発退場にならないか?

 陽菜が前屈みになり、『僕』の目線で巨乳を揺らす。

「うふふ、そう硬くならないでもらえませんこと? えぇ……ヒナはお兄さん先輩と、もっと仲良くなりたいだけですもの」

(別の意味で硬くなるから! だっちゅーのヤメテ!)

 これが一対一の状況なら、まだよかった。

 しかし更衣室の中には体操部の一年生も揃っているわけで。

 レオタードの彼女たちは『僕』の正体を知り、面白半分に舞いあがっていた。

「うっそ? P先生って男のひとだったんだ~?」

「写真、写真っ! 陽菜ちゃん、ツーショットも撮らせて!」

「どうぞ。ただし例の一番手はヒナですので」

 更衣室の壁を背に尻餅をついた格好で、『僕』は十人近い面子に囲まれる。

「あ~っ! さてはP先生ぇ、私たちのレオタードに緊張してるんでしょ? アハハ」

「陽菜ちゃんの言う通り、こういうのが好きなんだ?」

 そのうえ偏った性癖を正確無比に見抜かれては、身体も竦むというもの。

(一体、何がどうなってるんだ? 陽菜ちゃんがどうやって魔法消去を……)

 魔法消去の影響下にあっては、異次元ボックスからケータイを取り出すことも叶わなかった。『僕』はごくりと息を飲んで、バレリーナのような立ち姿の陽菜と対峙する。

「スクール水着のメイドさんでなくて、申し訳ありませんわ」

「……え?」

 つい聞き逃しそうになった。

「ですけど、スクール水着ではSHINYの真似になりそうですし……ヒナ、レオタードのほうが自信がありますもの。いかがかしら?」

 彼女の物言いに違和感を覚える。

 記憶を辿れば、今朝も陽菜の言動には妙なところがあった。

『みなさん、昨夜はお兄さん先輩にスク水メイドでご奉仕してらっしゃいましたので、ヒナも……と思いましたの。それで、お兄さん先輩? あのぉ……』

 里緒奈たちがメイドからスク水メイドに転職したのは、『僕』の入浴中のことだ。陽菜はそれより前に帰宅しているため、スク水メイドをその目で見ていないはず。

「陽菜ちゃん。昨夜は僕、陽菜ちゃんを家まで送ったよね?」

「ええ。それがどうかしまして?」

「いや……それは」

 とはいえ、SHINYの寮と陽菜の実家方面は転移ゲートで繋がっている。やろうと思えば、すぐに引き返し、スク水メイドを目撃することも可能だった。

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