第361話
陽菜は照れ笑いを浮かべ、もじもじと指を編んだ。
「みなさん、昨夜はお兄さん先輩にスク水メイドでご奉仕してらっしゃいましたので、ヒナも……と思いましたの。それで、お兄さん先輩? あのぉ……」
「う、うん? 何かな」
『僕』のほうも緊張してしまい、初々しいカップルのような空気に。
「できましたら、ご主人様には今後も、人間の男の子でいて欲しいんですけど……あっ、夏休みの間だけでもいいんですの」
「待って、待って、待って! 一旦ストップ!」
急に里緒奈が躍り出て、レフェリーさながらにイエローカードをかざした。
「それって抜け駆けよ? 陽菜ちゃん。お兄様狙いなら、ちゃんとリオナたちに話を通してもらわなくっちゃ」
「は、はあ……そうだったんですの?」
いつの間にそのような協定ができたのだろうか。『僕』は知らない。
菜々留が小首を傾げ、溜息を漏らす。
「それにね? お兄たまに男の子の姿でいてもらうのは、ナナル、あまりオススメできないわ。ナナルたち、一日でギブアップしちゃったもの」
「そ、そうね……あれは最高なんだけど、心臓に悪すぎて……」
恋姫も無念そうに口を揃えた。何を言っているのやら。
当然、『僕』の答えは決まっている。
「僕の変身はともかく、レオタードのメイドさんはすごくいいよ! せっかくの夏なんだし、こういうところから盛りあげ――けばぶぅ!」
「そうじゃないでしょ! お兄様っ!」
「こっちのお兄たまはエッチなコスプレ、大歓迎だものねえ」
要するに陽菜の主張はこうだ。
昨夜のメイドごっこを見て、自分も負けられないと思った。
お兄さん先輩はとりわけスク水メイドを気に入り、ゴロニャンと甘えていた。
自分も甘えて欲しいので、レオタードのメイドさんにクラスチェンジ。
「ええっと、ごめん……リオナ、よくわかんないんだけど?」
美香留がぬいぐるみの『僕』を我が物に抱きかかえた。
「陽菜ちゃんもこーやって、おにぃを抱っこしたいんでしょ? おにぃ、フワフワのフカフカで、もふもふすると気持ちいーんだもん。ねっ」
「ま、まあ……ぬいぐるみだし?」
「だったら別にレオオタードなんか着なくても……そ、そうじゃなくって!」
納得しかけたはずの恋姫が、SHINYのメンバーに召集を掛ける。
4人は輪になり、真剣な面持ちでひそひそと囁きあった。いや美香留ちゃんが『僕』を抱えてるんで、丸聞こえなんですけどね。
「やっぱり陽菜ちゃん、最初からそのつもりだったのよ。うん」
「じゃあ、ナナルたちのメイド大作戦に便乗して? 侮れないわ……」
「お兄さんが悪いのよ。女の子にはすぐいい顔するから」
「陽菜ちゃんもガチでおにぃ狙いってこと? ミカルちゃんたち、ヤバくない?」
何やら深刻そうな雰囲気だが、とりあえず『僕』は話題を変えた(どんどん『僕』が悪いみたいな流れになってるし)。
「まあまあ。コーヒーが冷めちゃうよ、朝ご飯を食べてからでも」
「やだわ、ナナルったら。顔を洗ってる途中で」
「リオナも着替えてくるわ」
慌ただしい朝だったことに救われる。
やがて朝食の席に全員が揃った。陽菜だけレオタードという刺激的な恰好だが、さすがに登校の際は制服に着替えるはず。
「えっ、朝一からレッスン? 制服着ちゃったのに?」
「ちゃんとスケジュールを確認しなさいよ。午後からは学校だから」
そこへ妹の美玖がやってきた。
「おはよう」
マネージャーはレッスンに参加しないため、制服で。
(キュートに変身……いや変装してから、レッスンに合流するんだよね?)
出席状況が心配になってきたものの、聡明な妹のことだ、それなりに上手くやっているのだろう。その割に変装時のアリバイ工作は穴だらけだが。
「巽Pのスペシャリスト期間も、あと一週間かあ」
充実のボーカルレッスンにはメンバーも手応えを感じている様子。
「今日も頑張らなくっちゃ! ね? みんな」
「当然よ。妥協するつもりはないもの」
「恋姫ちゃんは歌、上手いもんねー。ミカルちゃんもだけど」
「みんな、かなり上達してきたと思うわよ? ナナルも」
マーベラスプロ以外のプロフェッショナルにわざわざ指導してもらっている、という意識もモチベーションを底上げしていた。
メンバーはてきぱきと朝食を済ませて、席を立つ。
「それじゃ美玖、陽菜ちゃん。僕たちはレッスンに行ってくるから」
「はいですの。みなさん、頑張ってください」
にっこり笑って応援してくれるのは、癒し系のメイドさん。
一方で、今朝も目つきの鋭い妹が。
「ところで兄さん? 陽菜の恰好について、何か言い残すことはないの?」
「え? 言い残すって、それじゃ遺言……」
「アイドルじゃない女の子にまで、なんて恰好させてんのよ! 今後こそ死ね!」
ほ……ほらね?
攻撃力は恋姫より上だろぉ?
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