第360話

 翌朝、久しぶりに『僕』はぬいぐるみの姿で目覚める。

「うぅ~ん……あ、あれ?」

 ところがどういうわけか、ここは美香留の部屋で。

 『僕』はパジャマ着の美香留と同じベッドで、夏の朝を迎えていた。

 幸いにして『僕』の身体はぬいぐるみだ。いつぞやのように、丸裸で妹(キュート)と同衾していたわけではないので、そこはセーフ。

 昨夜は美香留も『一線を越える』ことを目的にしていたようだが、さしたる問題はなかったらしい。

 『僕』はそろっとベッドを抜け、カーテンを開ける。

「美香留ちゃん、起きて! 朝だぞ~」

「ふぇえ……? おにぃ、勝手に出てっちゃらめえ……」

 何とも爽やかな朝だった。

 しかし六月の末だけに、あと一時間もすれば蒸し暑くもなるのだろう。

(えーと? 結局、昨夜はどうなったんだっけ?)

 朝の支度をしつつ、『僕』は昨晩の出来事を思い出す。

 確かアイドルたちがメイド姿で『僕』をお迎えして――『僕』の貞操を奪うべく、強引なアプローチを仕掛けてきたのではなかったか。

 『僕』と彼女らは頭脳戦を繰り広げ、辛くも『僕』が勝利。

 しかし勝利に安堵したのも束の間、里緒奈・菜々留・恋姫の三人が究極形態『スク水メイド』となって登場し、こちらの本能がオーバードライブ。

 暴走を予感した『僕』は、ぬいぐるみに変身することで、どうにか事なきを得た。

 仮にあの時、ぬいぐるみに変身しなかったら――?

 おそらく『僕』はリアル・エロゲー・シチュエーションに里緒奈たちどころか、妹たちまで巻き込んでいたに違いない。


     『××に出す』

     『外に出す』


 全身からサアッと血の気が引いた。

 ぬいぐるみの今でも罪悪感に苛まれ、ごくりと大きな生唾を飲み込む。

「危うくファンタジー編のR18版と同じ轍を踏むところだったなあ……ぞぞぞっ」

 同時に『僕』は健全な朝を迎えられたことに、胸を張った。

 この今日のために戦ったんだなあ……。

 いつもは早起きの恋姫が、今朝はのそのそと廊下へ出てくる。

「おはよう、恋姫ちゃん。そのパジャマって前から持ってたやつ? 可愛いネ」

「あ、おはようござ……ちちっ違うんです! これはそのっ!」

 しかしパジャマ系アイドルは逃げるように部屋へ戻り、どっすんばったん。

 隣の部屋から菜々留が顔だけ覗かせる。

「だめよ? Pくん。寝起きの女の子をじろじろ見ちゃ」

「それもそうだね。僕はコーヒー淹れてるから」

 寝坊助の里緒奈は、あとで美香留とまとめて起こすとして。

 ひとりで先に階段を降りる(宙に浮いてだが)と、コーヒーの香りに迎えられる。

「ん? ……あぁ、陽菜ちゃんか」

「おはようございますの! お兄さん先輩」

 キッチンではメイドの陽菜が手際よく朝食を支度してくれていた。

 当初の契約にはない早朝出勤だが、こうして転移ゲートを通り、SHINYの寮を経由するほうが、彼女の場合は登校時間を短縮できる。

 なので『僕』もうるさくは言わず、寮の給仕は彼女の采配に任せていた。

「でも陽菜ちゃん、わざわざメイド服に着替えなくても。やっぱエプロンだけで……」

 ところがそのメイドさんの恰好を直視して、『僕』は仰天。

「ええええっ? ひっ陽菜ちゃん、それ、なんてカッコしてんのぉ?」

 陽菜はヘッドドレスやニーソックスなどはメイド仕様のまま、メインとなるメイドドレスを、体操部のレオタードに替えていたのだから。

 里緒奈たちのスク水メイドに似たあられもないスタイルで、『僕』の度肝を抜く。

 陽菜は恥じらって頬を染めるも、お披露目とばかりにターンを決めた。体操部でレオタードには慣れているらしく、姿勢もよい。

「お兄さん先輩はその、こういう……水着のメイドがお好きと聞きましたので。ヒナ、今日から頑張ることにしましたの」

「……き、今日から?」

 対する『僕』は混乱し、おうむ返しが精一杯。

「はいっ! ご主人様、いつでもヒナにお申しつけくださいませ」

 メイドの陽菜が健気な笑みを綻ばせる。

「メ、メイドさんが……はわわっ、僕のためにレオタードで、ご奉仕……っ!」

「ご奉仕をご所望ですの? うふふっ」

 我慢などできなかった。『僕』は彼女の胸に目掛けて、ジャンプ。

「ヒナちゃん! 今すぐ抱っこ――んぶっびゃらぶ!」

 しかし放物線は途中で真下に折れ、フローリングの床に激突した。か、硬……っ。

 恋姫の手刀がしゅうしゅうと煙を噴く。

「ま、間に合ったわ……」

「あっあの、お兄さん先輩? 大丈夫ですの?」

「きゅう~」

 ここ数日は物理で殴られる機会がなかったため、忘れていた。攻撃力でいったら恋姫は妹の美玖に次ぐうえ、もっとも加減を知らないことを。

 欠伸を噛んだり、寝惚け眼を擦りつつ、里緒奈や美香留も降りてくる。

「ふあ~あ……朝っぱらから一体何の騒ぎよぉ? Pク……」

「おにぃ、ミカルちゃんを置いてかないれ……あれぇ? 陽菜ちゃん?」

 菜々留も髪を梳きながら、キッチンを覗き込んできた。

「あらあら、Pくんったら……とうとう陽菜ちゃんにまで、そんなの着せて?」

「ごっ誤解だよ! これは陽菜ちゃんが自分で」

「セクハラの加害者みたいな言い訳してるわよ? Pクン」

 平日の朝一には刺激の強すぎる、レオタードのメイドさん。

 SHINYのアイドルたちに引けを取らない抜群のプロポーションが、淡いピンクのレオタードで引き締められているのだから、ぬいぐるみの『僕』とて目のやり場に困る。

(すごいカッコだぞ? これも……)

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