第359話

 アホなぬいぐるみを連れ、スク水メイドたちは寮の居間へ。

 プロデューサーはすっかりマスコットと化し、菜々留の膝枕を堪能中。

「やわから~い! しあわせ~」

 美香留もスクール水着+メイド服に着替え、今夜の珍妙なアフターに参加していた。

「菜々留ちゃん、次はミカルちゃん! ミカルちゃんにも抱っこさせて?」

「いいわよ。はい、お兄たま? 美香留ちゃんに渡すわね」

「はぁ~い」

 キュートは姿を消し、代わりに普段着の美玖が合流する。

「まだやってたの? あなたたち。明日も学校なんだから、早く寝なさいったら」

「美玖ちゃんこそ。とっくに帰ったんじゃなかったの?」

「キスがどうこう言ってたから、様子を見に来ただけよ。一応ね」

 里緒奈に限らず、今夜は誰もがそのつもりだった。

 彼のファーストキスをモノにして、ライバルたちよりも一歩リードする――。

 そして実際、メイド服とスクール水着を合わせる作戦は大成功だった。スクール水着の愛好家である彼の嗜好を直撃し、陥落寸前まで追い込んでいる。

 ただ、効果があり過ぎたらしい。

 暴走を予感したのか、彼はぬいぐるみの妖精さんに変身。

「イッパイイッパイで変身したものだから、幼児退行を起こしてるみたいだわ」

「いつものお兄さんより五割増しでアホな気がするのも、そのせいなのね」

 その変身の代償として、彼は今までになく腑抜けてしまっていた。

「美香留ちゃんのスクール水着も可愛いぞ~」

 普段の彼なら『スクール水着の美香留ちゃんも可愛いぞ』と言うはず。しかし今は女の子よりもスクール水着にトキめいている。

 そんな末期症状の彼を眺め、里緒奈はある想像を口にした。

「……ねえ? 仮に、もしもよ? お兄様が変身しなかったら、どうなってたわけ?」

 恋姫がぎくりとする。

「そ、それは……お風呂場で、レンキたちを順番に……?」

「ナナルたち、AじゃなくてCのほうで一線を越えてたんでしょうねえ」

 菜々留も今夜ばかりは赤面し、どこか色っぽい溜息をついた。

「おにぃ、おにぃ! ん~っ」

 美香留が楽しそうにぬいぐるみと口付けを交わす。

「何やってるのよ? 美香留……」

「美玖ちゃんだって、ちっちゃい頃にやったことあるっしょ? ぬいぐるみと」

「それはぬいぐるみじゃなくって、兄さん……はあ。まあいいわ」

 この妖精さんのファーストキスを奪うために、今夜は随分と遠まわりしてしまった。

「美香留ちゃん、お兄様もう一回貸して」

「おっけー」

 一日分の疲労を背負いながら、里緒奈は彼を受け取る。

 そしてヘチャムクレのぬいぐるみを見詰めて、ちゅっと軽めにキス。

「はい、菜々留ちゃん」

「……そうね。じゃあナナルも」

 続けざまに菜々留もキスをして、ぬいぐるみを恋姫にまわす。

「はあ……。まあ一応、キスはキスかしら」

 それから恋姫もぬいぐるみとキスを交わし――三人のスク水メイドは脱力。

「ぜんっぜんピンと来ないわ……」

「何の感慨も沸いてこないわね。これがナナルのファーストキス……」

「ぬいぐるみとキスしてどうするのよ? レンキたち……」

 ファーストキスはもふもふの感触だった。


 そのアフターの様子を、廊下の陰から覗き見る者がいた。

 彼に家まで送り届けられたはずの少女――陽菜が確信を含める。

「お兄さん先輩を虜にするなら、ああいう恰好で……」

 SHINYの誰も知らない新たな刺客が、プロデューサーに忍び寄りつつあった。

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