第357話

 服を脱ぎ、真っ白に湯気の立つ湯舟で一服する。

「ふーーーっ」

 六月下旬となると夜間も暑さが続くので、お湯はぬるめで。

 しっかり肩まで浸かり、心を洗濯する。

「キュートと美香留ちゃんはいいの? 浸からなくても」

 しかし余裕綽々の『僕』に対し、妹たちはずっと戸惑っていた。ゴテゴテのメイド服を脱いで、下着も外し、その華奢な身体に残されているのは一枚のバスタオルだけ。

「え、ええっと……ミカルちゃん、そのつもりだったんだけどぉ……」

「きゅーとも、その……こんなはずじゃ」

 動くに動けないのは、素っ裸でいるせいだ。

 普段のお風呂デートでは、『僕』が丸裸なのに対し、アイドルたちはスクール水着を着用している。つまり彼女らのほうが絶対的な優位にある。

 ところが今夜は『僕』と一緒に直行したため、水着の用意がない。

 まさか下着で入浴というわけにもいかず、バスタオルで柔肌を隠すのに精一杯。

(お兄ちゃんを見誤ったな? 妹たちよッ!)

 一方で『僕』には、妹たちの裸に動じない自信があった。

 全裸など、まったくエロスを感じない。

 実はヌードを芸術とする向きにも、『僕』は否定的だったりする。

 歴史の教科書でヌードの女体像や絵画が出てきて、エロいと思うかい? まだモナリザの手つきに興奮するほうが、『僕』は共感できる。

 なんとなく恥ずかしい……なので、すぐに本を閉じる。それがあるべき反応だ。

 もしくは幼い子どもなら、大いに笑いの種にするだろう。

 要するに全裸はギャグなのだ。

 だからヨーロッパでは、裸だらけの絵画に不自然な布を描き足した。股間に布を巻いてるアレ、後世になってから追加されたものなのです。

 美香留にしろキュートにしろ、今夜のところは勇み足が過ぎた。

 全裸で『僕』は動じぬ。

 せめてブルマの一枚でも穿いていれば、状況は違ったかもしれないが。

 美香留もキュートも『僕』と同じ湯舟に入ってこられず、まごまごしてばかり。

「それじゃ、背中でも流してもらおーかなー」

「ひゃあっ? ちょ、おにぃ?」

「お兄ちゃん? 前っ!」

 ついでに、妹たちにお兄ちゃんの貫禄を見せつけてやることにした。

 いつまでも妹に翻弄される『僕』ではない。

 バスタオルの簀巻き少女たちに背を向け、腰掛けに座る。

(それにしても……なんでこの椅子、凹な形なんだ?)

 多少座りにくいものの、バスタイムの主導権は今や完全に『僕』が掌握していた。

 スクール水着を着ていないので、妹たちも身体でゴシゴシとはいかない。スポンジで遠慮がちに、『僕』の背中や上腕を擦るだけに留める。

「うう~っ。おにぃ、なんか意地悪……」

「どうしてお兄ちゃん、今夜はきゅーとにドキドキしないのぉ?」

 ただ、優勢だからといって茶化しすぎては、あとあと妹(美玖)に報復される恐れもあった。妹たちのバスタオルには言及せず、文字通り背中だけを流してもらう。

 そんな折、脱衣場のほうから声が飛んできた。

「そろそろバトンタッチしない? キュートちゃん、美香留ちゃん」

「あっ、里緒奈ちゃん? ……うん。じゃあミカルちゃんたち、出るね?」

 美香留とキュートは目配せしつつ、素直に浴室を出ようとする。

 入れ替わるように里緒奈たちがこちらへ入ってきた。

「お・ま・た・せ! お兄様っ」

「ナナルたち、着替えに手間取っちゃって……うふふ」

「こ、今夜だけのサービスですよ? サービス」

「……え?」

 『僕』は背中越しに振り向き、目を見張る。

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