第356話

 菜々留と恋姫が気を利かせてくれる。

「あらあら、お兄たまったら。先にお風呂、どうぞ?」

「え? いや、僕は最後で……」

「女の子の前で何言ってるんですか。さっさと済ませてください」

 その時になって、『僕』は痛恨の失敗を自覚した。

(しまった……!) 

 美香留とキュートも『僕』の背後を取りつつ、ニヤリ。

「おにぃ、早くお風呂に入りたくって、大急ぎで帰ってきたんだ~?」

「入って、入って! 一番風呂はお兄ちゃんっ!」

 彼女たちは今、『僕』を裸に剥くベストな方法を手にしてしまったのだ。

 お風呂の中では必然的に裸になるわけで。

 ぬいぐるみに変身しようにも、妹(キュート)には虎の子の魔法消去がある。それ以前にアラハムキに襲われかけた動揺のせいで、変身できそうにない。

(よく魔法を使って、ここまで逃げてこられたなあ……無我夢中ってやつか)

 考えろ! 考えるんだ、『僕』の頭ーーーっ!


   天使「生命礼賛の儀式はそれなりに時間が掛かるはず……だよね?」

   悪魔「つまり……いっそ全員と一遍に入っちまえば」


 天使と悪魔が合理的な結論を弾き出す。

 仮に一回のセックスを二十分としよう(経験がないのでテキトーだが)。

 入浴はおよそ三十分。入浴中にセックスなんぞを始めれば、三~四十分は掛かる。

 無論、入浴時間は延ばそうにも限界があった。

 この夏場に一時間も風呂場にこもろうものなら、倒れること必至。

 汗を流すための入浴とはいえ、誰もが早めに切りあげようとするだろう。

 つまり、だ。

 彼女たちと一対一にさえならなければ、タイムオーバーに持ち込める。

(プロデュースより頭使ったぞ? 今……)

 我ながら怜悧な頭脳が恐ろしかった。

 息を整えつつ、『僕』はメイドたちに誘いを投げかける。

「何ならどう? 今夜はみんなで一緒に入ろっか?」

「……ッ!」

 里緒奈たちの表情に波が走った。

 メイドの恋姫がフリルでいっぱいの我が身をかき抱く。

「なな、何言ってるんですか? お兄さん……」

 いつもなら『変態ですか! 変態なんですね?』くらいは返ってくるはずだが、やはり今夜は事情が違うのだろう。恋姫さえ『僕』との入浴を前提にしている。

 ところが『僕』は今しがた『みんなで一緒に入ろう』と提案した。

 これを断れば、その女の子は今夜、洗いっこの権利を手放すことになる。ゆえに里緒奈たちは同意するほかない。

「で、でも一度に6人は……入れないじゃないかしら?」

「そーだなあ。じゃあ、まずは美香留ちゃんとキュートと、僕とで。あとは菜々留ちゃんたちで入っちゃえば、いいんじゃないかな?」

 さらに二組に分け、『僕』は前半へ。

 これなら後半戦の面子を丸ごと回避できる。

 また、前半戦が長引いた場合、『のぼせちゃいそうだから』と後半戦を拒否することもできるわけで。いやまったく本当に自分の頭脳が恐ろしい。

「どう? 嫌なら、今夜は僕ひとりで済ませちゃうけど……」

「わ、わかったわ!」

 チャンスの損失を恐れてか、里緒奈が『僕』の提案を飲んだ。

「でも順番は逆にしない? リオナたちとお兄様が先で、美香留ちゃんとキュートちゃんはあとに……」

 しかし往生際の悪い里緒奈に、美香留が口を尖らせる。

「ちょっとぉ? いくら何でもそれはズルいっしょ」

 こうして揉めることで、互いに出し抜けなくもなるだろう。

 当然、ライバルも同じお風呂の中にいては、セックスなどできるはずがない。ひとりあたりの時間も短く、挨拶程度のスキンシップで済む。

「それじゃ行こうか」

 『僕』は悠々と胸を張って、お風呂を目指した。


 彼のあとを追いかけながら、里緒奈は思考を巡らせる。

(お風呂でキスは迫れそうにないけど……それはみんな同じよね)

 仮に一回のキスを五分としよう。

 唇を重ねるだけとはいえ、相応のムードは必要だ。

 そして入浴はおよそ三十分。

 一対一でお風呂に入ることさえできれば、おそらく彼とのキスは果たせる。

 ただし今夜は自分を含め、5人ものメンバーが競合していた。入浴の順番で延々と揉める羽目になるのは、火を見るより明らか。

 一度は彼が『陽菜を見送る』と言って逃げたので、有耶無耶になっている。ところが彼が十分足らずで戻ってきたため、仕切り直しだ。

 当然、順番くらいでまた揉めていては、彼がひとりで入浴を済ませかねなかった。

 互いに監視の目が行き過ぎて、抜け駆けも難しい。 

 ならば、お風呂ではアプローチに留め、本番(キス)は彼の部屋で。

 彼と約束を取りつけ、五分でもいいから、今夜中にふたりきりの時間を確保する。

(お兄様の気を引くことなら得意だもの。絶対にリオナが……!)

 我ながら明晰な頭脳が恐ろしかった。

 美香留やキュートはそこまで考えていないはず。

 恋姫も上手にからかってやれば、自爆してくれるだろう。

 油断ならないのは菜々留だが、そこは美香留や恋姫の使いどころ。

 それに後攻なら後攻で、準備ができる。

「しょうがないわねー。でも遅かったら、乱入しちゃうわよ?」

 里緒奈はにんまりとやにさがった。


 同じく菜々留が不敵な笑みを浮かべた。

 恋姫がクククと笑った。

 美香留がギラリと目を光らせた。

 キュートがぺろっと舌舐めずりした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る