第354話

 オムライスにケチャップでお絵描きするのは、メイド喫茶では定番のサービス。

「美味しくなるおまじないも、してあげなくっちゃねえ。うふふ」

「あ、あれをやるの? レンキも?」

 撮影係として陽菜がハンドカメラを構える。

「最後で構いませんので、ヒナにもさせて欲しいですの。でも……どなたがお兄さん先輩のオムライスに、お絵描きするんですの?」

「え? えっと……」

 メイドたちは一様にきょとんとした。

 『僕』が頑張ったところで、オムライスは二杯が限界か。それ以前に今夜の席はキュートに陽菜と、人数が多いため、お代わりは無理だ。

「だったらジャンケンで……」

「でも配信に使えそうだから、全員分撮っておきたいなあ」

 そんなわけで、ここは公平にトランプで決めることに。

 トランプの1~7をシャッフルし、一枚ずつ引く。

 そして1番は2番の、2番は3番のケチャップにお絵描き。

 逆に7番は6番に、6番は5番におまじないをしてあげる、という流れだ。

「僕と陽菜ちゃんのところは編集でカットするからさ」

「なんか目的とズレちゃってるんだけど……」

 その結果、『僕』は3番。2番は陽菜で、4番はキュートとなった。

 メイドの陽菜がもじもじと指を編む。

「あ……ごめんなさい。ヒナがお兄さん先輩で……えぇと」

 それを羨む美香留と、大喜びのキュート。

「いーなー、陽菜ちゃん。ミカルちゃんもおにぃにしてあげたかったのに」

「おまじないはキュートだねっ! お兄ちゃんのオムライス、美味しくしてあげる!」

 その一方で5番、6番、7番の三人はがっくりとうなだれた。

「三人揃って、お兄様に掠りもせず……」

「やっぱりナナルたち、モブになってないかしら?」

「言わないで、菜々留。レンキの心も折れそうなんだから……」

 プロデューサーとして『僕』は初期メンバーのトリオに発破を掛ける。

「心配しないで。菜々留ちゃんや恋姫ちゃんの人気だって、すごい勢いで……」

「おにぃ? それ、ミカルちゃんも違うと思う」

 里緒奈は屈辱の表情でハンドカメラを受け取ると、メイドの陽菜にピントを合わせた。

「さっさとやって、食べましょ。もうリオナ、お腹空いちゃったし」

「さっきまでのテンションはぁ? あんなに息巻いてたじゃん」

「美香留ちゃん、それくらいで……里緒奈ちゃんの残りHP、見えるでしょ?」

 陽菜は緊張気味にケチャップを構え、『僕』の正面へ。

「それでは失礼しちゃいますの」

 トマト色のケチャップがオムライスの黄色い卵に垂れていった。

 料理上手なメイドさんだけあって、さらさらと筆記体で『LOVE』を仕上げる。

「うわあ……お手本みたいだね。陽菜ちゃん」

「いえ、その……恥ずかしいですの」

 おかげで、『僕』のオムライスだけ一際美味しそうになった。

 恋姫が歯軋りする。

「くっ……レンキも筆記体で、って思ってたのに」

「恋姫ちゃん? ますますモブ化が進行しちゃうから……ね?」

 ほかのメイドたちも続くものの、最初のお手本のレベルが高すぎた。

 ヘタッピのほうがキャラクターが立つ美香留はさておき。

「陽菜ちゃんのだから、ヒヨコを描いてみたんだけど……おにぃ、わかる?」

「雛というより卵だね。でもミカルちゃんらしくって、可愛いぞ」

 里緒奈が勢いあまって出しすぎたり。

「やぁん! んもう、こんなにいっぱい出ちゃうなんて……」

 逆に菜々留は力が弱すぎて、点々になったり。

「少しずつ……ね? こんなふうに、んふっ、焦らされるのも好きでしょう?」

 恋姫の番になる頃には、ケチャップがなくなってしまった。

「使いすぎよ、あなたたち。どうするのよ? これ」

「マヨネーズにすれば?」

「だめだめ! そのオムライス、ミカルちゃんが食べるんだってば」

 グダグダのまま、お次はおまじないへ。

 キュートが弾む足取りで『僕』の正面へまわり込む。

「えへへっ! 見ててね? お兄ちゃん」

 妹は仮面越しにウインクを決めると、虹色の光をその手に集めた。

 ちょっとした魔法だ。宙にメビウスの輪を描き、『僕』の視界を賑わわせる。

「美味しくなーれぇ! 萌・え・萌・え・キュンッ!」

 そして胸の高さで両手をくっつけ、親指と人差し指でハートマーク。

(――ッ!)

 そこからハートの形に波紋が広がり、『僕』を煽った。 

「どーお? お兄ちゃんっ」

 胸を高鳴らせながら、『僕』は正直に白状する。

「すごく可愛かったよ! なんていうか……そう、『萌える』ってやつ?」

 相手は実の妹とわかっていても、男心を刺激されてしまった。

 仮に将来、この可愛い妹に彼氏なんぞできようものなら、『僕』は呪詛に手を染めるだろう。有栖川刹那も力を貸してくれるはずだ。

 席も数字の順番なので、『僕』の右に陽菜、左にキュートが来る。

 里緒奈たち初期メンバーは両手で頭を抱え、蹲っていた。

「ど、どうして……こんなことに……」

「ナナルたちはどこで間違えたの? どこで……?」

「あ、あのぅ……オムライスが冷めますので、お早めに」

 それでもプロ根性でモチベーションをあげ、里緒奈、菜々留とおまじないをこなす。

「あとは恋姫ちゃんか」

 待ってましたとばかりに全員がメイドの恋姫に注目した。

「なっ、なんでレンキの時だけ、みんなして息ぴったりなのよ!」

「おまじないっ♪ おまじないっ♪」

「~~~っ!」

 猛烈な恥ずかしさで真っ赤になりながらも、一生懸命にハートマークを浮かべる、ツンデレなメイドさん。もちろん見応えは抜群でしたとも。

「もう……ころして……」

「いただきま~す!」

 やっとのことで夕食が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る