第351話
(こんなに疚しい気持ちでプレイしてたっけ?)
変身中はエッチな欲求も単なるワクワク感にすり替えられるため、エロゲーも至って健全な娯楽として楽しめるのだろう。
せめて定番の学園モノや泣きゲーなら、よかったのに……。
よりによっておバカなノリの『抜きゲー』というやつで、居たたまれなかった。
ヒロインは全員『妹』だし。
主人公が妹のパンツを借りては返すという奇行に走りまくるし。
後ろで恋姫が首を傾げる。
「あの……お兄さん? 女の子のパンツを『使う』って、どういう意味なんですか?」
(えええ~っ? 美香留ちゃんじゃなくて、恋姫ちゃんから来るのぉ?)
まさか『包んで擦る』などと教えられるはずもなく、『僕』は口ごもる。
「え、えーと……頭に被るんだよ。ほら僕も変身してる時、やってるでしょ?」
「おにぃ、それって面白いの?」
タスケテ! お願いだから誰かタスケテー!
そして当然、この先にはあの二択が待ち構えているはず。
『外に出す』
『××に出す』
LCL(ラブ・・チャンス・リキッド)をスクール水着にぶっかけるか、それとも生命礼賛の儀式を完遂するか。
そのような選択を、女子高生のアイドルグループに囲まれて?
まさに今、死刑台への階段を一段ずつ登っている心境だ。
「ねえPくん、右下のそれ……丸い時計みたいなのって、いつ使うの?」
「こ、これはカウントダウンしてくれる機能で……山場が近づいたら? あと何回メッセージを送ったら辿り着くか、前もって教えてくれるんだ」
「どーしてそんな予告があるわけ?」
エロゲーのあれやこれやの機能も、今の『僕』にとっては大きなお世話すぎる(本来は素晴らしい配慮なのだが)。
そんな絶体絶命の窮地の中、ケータイが着信を報せた。
『僕』は藁にも縋る思いで電話に出る。
「はいっ! もしもし?」
『お帰りになってるのにすみません、シャイP』
「綾乃ちゃん! うんうん、何かな?」
天の助けだった。
『僕』は菜々留を脇にのけ、堂々と席を外す。
「綾乃さん? なら仕方ないわね」
「電話が終わるまで、静かにしなさい」
仕事の電話となっては、メイドたちもおとなしく引きさがってくれた。エロゲーの続きも気になるようで、里緒奈がプレイを引き継ぐ。
(あの中でプレイさせられるよりマシか……あとが怖いけど)
綾乃からの相談は簡単なもので、二、三の確認だけで終わった。
『ありがとうございました。すみません、お手間を取らせてしまって』
「気にしないで。こういう細かい部分の念押しが、現場のミスを防ぐんだからさ」
電話を切り、『僕』はピンク色の特等席に振り返る。
その頃には、メイドたちはゲームに夢中だった。
「おおお~っ」
一台のノートパソコンを囲んで、きらきらと瞳を輝かせる。
あの視線の先にあるものが、新作の和菓子やファッション誌だったらなあ……。
案の定、恋姫が真っ赤になって火を噴く。
「お兄さんっ! なな、なんなんですか? 『××に出す』って!」
「だめよ? 恋姫ちゃん。アイドルがそんな大きな声で、『××に出す』だなんて」
「待って? じゃあ『外に出す』はどうなるわけ?」
「おにぃ~! これ、やりなおせないのぉ?」
『僕』は両手で耳を塞ぎ、あーあー何も聞こえなーいー。
これがセクハラと認定され、アラハムキに制裁を下されても、納得いかないのだが。
いつの間にやら妹は居間から姿を消している。
「あれ? 美玖は?」
「陽菜ちゃんを手伝ってくるってー」
給仕に携わっているメイドは6人中、2人しかいなかった。
里緒奈たちがエロゲーに気を取られているうちに、『僕』は美香留だけ呼ぶ。美香留にはテレパシーが通じないため、アイコンタクトとジェスチャーで。
(美香留ちゃん! こっち、こっち)
(ほえ? なぁに?)
美香留はエロゲー夏の陣を離れ、『僕』の傍へ駆け寄ってきた。素直な妹だ。
(みんな、なんで急にメイドさん始めたの? 何か理由があるんでしょ?)
(んーとぉ……でも、おにぃには内緒ってことだしぃ……)
(明日の部活はチア部を優先するから。ね?)
少々狡い手も使ってしまったが、これもリスクを回避するため。
美香留はちらちらと横目でライバルたちを見遣りつつ、声のボリュームを落とす。
(それがねー? 易鳥ちゃんと、おにぃとラブホでってお話してたら、みんなまだ『一線を越えてない』ことがわかって……で、誰が一番になれるかっていう)
これまた恐ろしいことを聞いてしまい、『僕』は青ざめた。
(い、一線を、越え……?)
今も里緒奈たちはエロゲーの山場で盛りあがっている。
「Pくんったら、こんなゲームで遊んでたのね。ひょっとしたらお風呂のあとで?」
「こっこのヒロイン、妹よ? 血の繋がってる妹と、こ……ここまで?」
「うっわ! ちょっとこれ、今度はプリメ撮りながら始めちゃったんだけど?」
最初は美玖が『僕』への嫌がらせで、エロゲーを仕込んだものと思った。
しかし彼女たちにプロデューサーと『一線を越える』という目的があったとしたら?
エロゲーは『僕』にアレを意識させるための布石であって。誰もがライバルを牽制しつつ、『僕』の貞操を狙っている……?
(みっ、美香留ちゃんは信じていいんだよね?)
(うん? ミカルちゃんはいつだって、おにぃの味方だけどぉ?)
小さな味方がいることに安堵しつつ、『僕』は戦慄した。
エッチは男性が女性に求めるもの――などという固定観念に囚われていては、おそらく後手にまわるほかなくなる。
この寮においてエッチは今、女性が男性に押しきるものだ。
『だあってぇ、Bであんなにキモチイイのよ? Cだったらもっと……』
しかもこれまでの言動からして、どうやら里緒奈たちは『男女で一対一』の交際に拘っていない。ひとりしかいない『僕』を奪い、奪われ、また奪い返すつもりだろう。
ハーレム? 冗談じゃない。
丸腰の戦士が凶悪なドラゴンの巣に放り込まれたようなものだ。
終わった頃には、『僕』は灰になっているかもしれない。
(にしても……)
ただ、『僕』は当然のような疑問に首を傾げる。
(僕たち、キスもまだなのに……?)
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