第350話

 あれもこれもピンク色に染まっている。

 とりわけソファーの一帯はゆとりのあるスペースが設けられていた。その中央がご主人様の指定席で、それをメイドたちが囲む想定なのだろう。

 妹が痛そうに額を押さえる。

「ミクは止めたのよ? ミクは……」

 ご主人様がメイドたちと暮らすお屋敷の一室――ではなかった。

 『僕』も行ったことはないが、これはむしろガールズバーの装丁では? お客さんが女の子を指名する、あの系統のお店であって。

 その店員がフリル満開のメイドさんでは、違和感が過ぎる。

「それでは、ヒナはお夕飯の準備をしておりますの。お兄さん先輩はごゆっくり」

「え? ちょっと、陽菜ちゃん?」

 たったひとりの天使系が席を外してしまったことで、『僕』の傍には小悪魔系のメイドばかりが残された。


   天使「まあ、陽菜ちゃんと美香留ちゃんは天使と言えるかな」

   悪魔「いや待て、小悪魔っつったらキュートだろ? てぇことは……」

   天使「残りの4人は美玖も含めて……アーッ」


 ガチガチに緊張しつつ、『僕』はソファーの真中へ。

「あ、あのぉ……僕、部屋で仕事の残りを片付けたいんだけど……」

 美香留が意気揚々と身体をたわめる。

「そんならミカルちゃんが取ってきてあげ――」

「みっ、美玖! パソコンは美玖にお願いできるかなっ?」

 デスクトップのほうを丸ごと持ってこられそうなので、慌てて妹を指名した。

「はいはい。メイドさんと待ってて」

 妹は絶対領域のフトモモをお尻のギリギリまで覗かせながら、ピンク色のリビングを出ていく。スカート丈はもう少し改めるべきだろうか……。

 真後ろにいたらしい恋姫が、『僕』の肩越しに前屈みになる。

「お兄さん、お召し物をお預かりします」

「……はい?」

 またしても『僕』は目を点にし、頭の中でヒヨコをヨチヨチ歩きさせた。

「あのさ? これ一枚脱いだら、裸になっちゃうんだけど?」

「いつも裸じゃないですか。お兄さん」

「あれは変身! 変身してるから服が要らないだけ!」

 どうやら恋姫も相当混乱しているらしい。

 メイドの菜々留が柔らかく微笑む。

「お兄たまったら、今日はどうしたの? いつもなら、ナナルたちのお膝に乗ったりしてくれるのに……ねえ?」

「だから、それも変身……いやいやいや! どこ入ってきてるの? 菜々留ちゃん!」

 メイドたちはみるみる距離を詰め、包囲網を完成させてしまった。

「お兄様っ! お夕飯までリオナと遊ばない?」

「ミカルちゃんと! ミカルちゃんがご奉仕ってゆーの? したげるー」

 右は里緒奈で、左は美香留。

 後ろからはソファー越しに恋姫がもたれ掛かってくる。

「言っておきますけど、公序良俗に反するのはナシですよ? 真剣交際は別として……」

「それって全部が全部、真剣交際という話になるんじゃないかしら」

 そして真正面、『僕』の脚の間には菜々留が座っていた。この位置が一番オカシイ。

 しかし四方からこれだけ密着されると、女の子の香りも濃厚になるわけで。

 胸元に覗ける魅惑の谷間が、ミニスカートから食み出す肉感的なフトモモが、『僕』をどぎまぎさせる。

 目のやり場に困って顔を背けたところで、別の巨乳とご対面。

 そんな『僕』の視線など意に介さず、左の美香留が爆乳を押しつけてくる。

「ねえねえっ、おにぃ? ミカルちゃんに何かしたいこと、ない?」

「え、えぇと……」

 ここで選択肢が現れた。


     「おっぱいをちゅっちゅする」

     「おっぱいをもふもふする」

     「おっぱいをもみもみ、ちゅっちゅ、もふもふする」


 フリーズ! フリーズしてるよね、これ?

 そんな『僕』のもとへ妹がノートパソコンを持ってくる。

「はい、兄さん」

「ありがとう、美玖……。じゃあ僕、ちょっとお仕事するからさ」

 さすがにプロデュースの仕事となっては、里緒奈たちも邪魔はできないだろう。

 ところがスリープモードを解除するや、『僕』は真っ青に。

(……げっ!)

 メイドたちのど真中で、美少女ゲームが立ちあがる。

 しかもそのタイトルは『妹すくすくダイアリー』だった。詰んだ……。

 不思議そうに里緒奈がそれを覗き込む。

「お兄様? 何これ?」

 乙女ゲームを嗜む恋姫の視線は、ことさら鋭かった。

「お仕事するんじゃなかったんですか? お、に、い、さ、ん」

「い、いやあ? 僕はソリティアをやってたはずなんだけどなぁ、ハハハ……」

「トランプで遊ぶのはお仕事なのね?」

 菜々留さん? 『僕』の股間を枕にしないでもらえません?

 振り向くと、確信犯がぺろっと舌を出した。

(楽しくなってきたでしょう? 兄さん。メイドさんたちと一緒にエロゲーできて)

(エ、エロって……やっぱり美玖の仕業だなっ?)

 マネージャーとはいえ、妹にパソコンのパスワードまで教えたのは失敗だった。

「おにぃ、ちょっとやってみてよ。アクションゲームぅ?」

「ナナルも興味があるわ。とっても」

「う、うん。……じゃあ」

 メイドたちが見守る中、『僕』はエロゲーをプレイする羽目になる。

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