第349話
夏は毎年アイドルフェスティバルを見据え、数多のアイドルグループが群雄割拠たるデッドヒートを繰り広げる。
SHINYやKNIGHTSにとっても熱い夏だ。
にもかかわらず、プロデューサーの『僕』が特定のアイドルと必要以上に仲良くなり、不当に贔屓するようになってしまったら?
例えば、SHINYのために里緒奈を応援することと、
里緒奈のために(里緒奈を目当てに)SHINYを応援すること。
このふたつは似ているようで、方向性もコンセプトもまったく異なる。そして、こういった歪みは少なからずグループの活動に影を落とす。
それこそ表沙汰になろうものなら一大事だ。
先日もプロデューサーとアイドルが一緒にラブホテルへ――マズすぎる。
さらに大きな問題がもうひとつ。
(キュート……いや、美玖とベッドインなんてことも……)
このまま人間の姿でいては、いずれキュートの熱烈なアプローチに押し切られてしまう気がした。実の妹と生命礼賛の儀式など、まさに人生のゲームオーバーそのもの。
ほかのメンバーにしても、人間の姿でひとりずつ関わっていては、公平なプロデュースが瓦解するだろう。
しかし打開策はあった。それも、この上なく有効で懸命な手段だ。
要は夏休みが終わるまで、ぬいぐるみの妖精さんでいればいいわけで。
この姿なら、彼女たちに実害を及ぼしかねないムラムラを、無害なワクワクにすり替えることができる。ハッスルしてもボコられるだけで済む。
「そうだよ……こっちの姿でいれば、別に問題ないじゃないか」
結論に至ると、何とも簡単な話だった。
『僕』はぬいぐるみの姿で意気揚々と帰路につく。
ところが、その途中で里緒奈からメッセージが届いた。
『Pクン、今日は男の子の姿で帰ってきてね。みんなでお迎えするから』
おおっと、一歩目から?
どうやら里緒奈たちは男子の『僕』をご所望らしい。
果てしなく嫌な予感がする――が、帰らないわけにもいかない。
観念して、『僕』は寮の門前で変身を解き、同時にラフな夏服に着替えた。
「ふう~っ。夏物なら変身のついででも、無理なく着替えられるか」
それから深呼吸しつつ、恐る恐る玄関の扉へ。
(……南無三っ!)
腹を括り、おもむろにドアを引く。
その向こうから、アイドルたちの挨拶が一斉に飛んできた。
「「お帰りなさいませ! ご主人様!」」
見目麗しいメイドが6人、『僕』を待ち伏せ……もといお迎えしてくれる。
里緒奈と、恋姫と、菜々留と、美香留と。
この寮の正式なメイドである陽菜と。
「な、なんでミクまで……」
「昨日も収録中に飛び込んできたくせに~。本当は着たいんでしょ? メイド服」
巻き込まれたらしい妹の美玖も、メイドのスタイルで。
陽菜は別としても、大人気のアイドルグループがメイドに扮し、お迎えだぞ?
……すんげー恐ろしいんですが。
怖いんですが。
『僕』は一歩、二歩とあとずさり、鉛のように重たい固唾を飲む。
「あ、あのぉ……みなさん? 何やってんの?」
「お兄たまったら、うふふ。メイドさんが揃い踏みでドキドキしてるのね?」
6人のメイドが『僕』には画面いっぱいのモンスター表示に思えた。それも奇襲で。
しかも強敵(エビルマージ)だったらどうよ?
こちらが右往左往する間さえ与えず、一気呵成にベギラゴン、燃え盛る火炎、ベギラゴン、ベギラゴン、甘い息、燃え盛る火炎と続けざまに飛んでくるんだぜ?
などとメダパニっていると、背後で扉が勝手に閉まった。
美玖が人差し指を『僕』に突きつけ、八つ当たりのように吐き捨てる。
「逃がすと思ってるの? 兄さん! 責任取って、こいつら何とかしなさいったら!」
(こ、こいつ……!)
扉が閉まったのは、妹の魔法によるもの。
けれども、そんな妹のメイドスタイルに『僕』は不覚にも目を奪われてしまった。
昨日の収録中もお宝映像とされた、あの美玖のメイドさんだ。
負けじと里緒奈と美香留が左右対称に前のめりになり、ご主人様を誘惑する。
「どーお? お兄様。昨日はゆっくり眺めてられなかったから、嬉しいでしょ?」
「おにぃ、ミカルちゃんのメイドさんも見てっ! 可愛い? 可愛いっ?」
妹ばかり意識していたことが後ろめたくなってきた。
「そ、そりゃもう! みんな可愛いよ? 可愛い……けど、なんでメイドさん?」
まだ混乱中の『僕』のため、メイドの第一人者がおずおずと打ち明ける。
「あのそのっ、みなさんが……SHINYのプロデュースでお忙しいお兄さん先輩を労おうと、プライベートで企画をお立てになったんですの」
「僕のために……」
その心意気は嬉しいけど、メイドさんに待ち伏せされるのはちょっと……。
恐怖の理由はふたつある。
ひとつは、彼女たちのご奉仕とやらに不安しかないこと。
家事スキル全般が低い美香留は言うに及ばず。
ご主人様はひとりしかいないため、何かと競争になり、その結果『僕』がエロ……もとい、えらい目に遭わされる気がする。
そしてもうひとつは、アラハムキという魔人の存在だ。
ただでさえ彼にマークされつつあるのに、ここで安易に女の子とニャンニャンしようものなら。アイドル・ボディビルダーは『僕』に怒りの制裁を下すだろう。
だからといって往生際が悪いようでは、メイドたちの機嫌を損ないかねなかった。
『僕』は覚悟を決め、メイドの館となった寮へ足を踏み入れる。
「そ、それじゃ……お言葉に甘えて。ご奉仕……してもらっちゃおうかな?」
「一名様ご案内~っ!」
それはウェイトレスの台詞であって、メイドの台詞じゃないよね?
『僕』は美香留に手を引かれ、里緒奈に背中を押され、リビングへと通される。
「ち、ちょっと? レンキの触るところがないでしょう?」
「こういうのは早い者勝ちよ? ねっ、お兄様」
「あらあら、出遅れちゃったかしら……でも勝負はこれからよ? うふふ」
そのリビングにて、ご主人様の『僕』は呆然とした。
「……………」
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