第347話

 翌日、プロデューサーが不在のSHINY寮にて。

 KNIGHTSの面々も交え、里緒奈たちは昨日の写真を自慢していた。

「どうっ? 執事のお兄様とツーショットよ! ……リオナだけじゃないけど」

 昨日の企画に参加できなかった易鳥と郁乃は、地団駄を踏む。

「なんだ、なんだ! イスカは聞いてないぞ? こんなの」

「依織ちゃんまでちゃっかりと……ずるいデス! 見損ないました!」

 KNIGHTSで唯一補習(缶詰)を免れた優等生が、はんっと鼻で笑った。

「自業自得でしょ」

「ぬ、抜け抜けと……! 憶えてろっ!」

「ちょっ、待ってください! 帰るには早いデスってば」

 ぎりぎりのところでKNIGHTSは解散の危機を免れる。

 ソファーの上で里緒奈が悠々と脚を組み替えた。

「んーまぁ? リオナ、最近はお兄様とイイ感じだしぃ? 今年の夏は『ひと夏の恋』なんてのも期待しちゃってるわけ。わっかるぅ? 易鳥ちゃん」

「ぐ、ぐぬぬ……っ」

 荒ぶる易鳥を、美香留も余裕たっぷりに挑発する。

「おにぃ、ミカルちゃんのことも意識し始めてるってゆーのぉ? メイドさんの時もね、おにぃ、ミカルちゃんのおっぱいを『じ~~~』ってぇ」

「ぐぬぬぬっ」

 恋姫がティーカップを置き、口を挟んだ。

「美香留、よく思い出しなさい? それはエッチな視線だったでしょう?」

「恋姫ちゃんこそ待って? お兄たまは人間の男の子なのよ?」

 菜々留の台詞が全員の思考を支配する。

 人間の男の子。

「うん……あ、あれは反則よね? エッチな欲求ってわかってても、受け入れちゃうってゆーの? あの真剣なまなざしも計算ずくのものだとしたら」

「ナナルたち、弄ばれちゃってるわねえ。でも……」

 でも――キモチイイのだから。

 身体目当てだとか不健全だとかフシダラだとかハシタナイなどと、文句のつけようはいくらでもある。自分たちがスケベで間違っている自覚もある。

 けれども、あの無上の心地よさを体験してしまっては、否定できなかった。

 それも一回きりと言わず、二回も、三回も。

「今日のお兄さん、執事だったのよ? 執事……あ~んもうっ、お世話されたぁい!」

「れ、恋姫ちゃんが壊れたデス……」

「あんなのを直視したら、リオナだってこうなるってば」

 潔癖症の恋姫でさえ抜けるに抜けられず、彼との関係をずるずると引きずっている有様だ。里緒奈たちは今、この罪深さを共有している。

 それはKNIGHTSの易鳥も同様だった。

 ところが劣勢のはずの易鳥が、ここぞとばかりに踏ん反り返る。

「ふ、ふんっ! まあ? お前たちもお兄ちゃまとはそれなりに懇意のようだが……」

「「お兄ちゃま……」」

「お前らだって『にぃにぃ』だの『あにくん』だの呼んでるじゃないかっ!」

「易鳥? それ、SHINYは痛くも痒くもないよ?」

 こっ恥ずかしいお兄ちゃま発言で自ら話の腰を折るものの、改めて。

「イスカはラブホ……ラ・ブ・ホ・テ・ル、で、あいつとBまで行ったんだぞ?」

「な……!」

 易鳥と里緒奈たちの間に地割れが走る。

 そして易鳥のほうだけ天へと至り、SHINYのメンバーはことごとく見下ろされた。

「お、お兄たまとラブホだなんて……ナナル、悔しい……っ!」

 あの柔和な菜々留が悔し涙を浮かべ、ハンカチを噛む。

 しかも勝者たる易鳥の傍らで、郁乃がもうひとつの事実を明かした。

「易鳥ちゃん、ベッドイン(B)のあとは、ラブホのお風呂でソーププレイ(B)までしちゃったそーデスよぉ? もう何回も自慢されて、イクノちゃんも耳タコデス」

「うあ、あぁ……」

 圧倒的な戦力差だった。里緒奈も、美香留も、一言とて言い返すことができない。

 SHINYのメンバーも彼とBまでの経験はあった。しかしそれは『彼が裸でいる入浴中』を狙ったものであって、ベッドの上で正式に脱がせたわけではない。

 密室でふたりきり、気分が乗じて――始まったわけではないのだ。

 一方、易鳥は幼馴染みというアドバンテージを最大限に活かし、それを実現させた。

 おまけに、里緒奈たちにとって唯一の強みだったソーププレイまで、相手はちゃっかり経験済み。当然ベッドイン(B)の直後なのだから、彼も燃えたことだろう。

「お兄ちゃまも結婚を意識してるようだし? この調子ならイスカが一番乗りだな」

「むむむっ……同じKNIGHTSデスけど、蹴飛ばしてやりたいデス」

「我慢しなよ、郁乃。今だけのことだから」

 易鳥の高笑いが響き渡る。

 SHINYは誰もが敗北感に打ちのめされる――と思いきや、異を唱える仲間がいた。

「馬鹿馬鹿しいから無視してようと思ったんだけど……」

 黙々と漫画を読み耽っていたはずの美玖が、ちらっと視線をあげる。

「あなたたち、さっきから聞いてたら『Bまで行ったかどうか』を論点にしてるけど。Bよりもっと、ほかに論点にするべきスキンシップがあるんじゃないの?」

 恋姫は俄かに赤面。

「そ、それってやっぱり……セッ?」

「キスよ。キス」

 その言葉に全員が顔色を変える。

 キス。接吻。口付け。

「……そ、そーいえば? リオナ、お兄様とはまだ……キスはしてないかも……」

「ナナルもよ。頬や首筋にちゅってされたことは、何回もあるけど」

「お……同じく。レンキもキスはまだ済ませてないわ……」

 本来なら触る・撫でる・揉むより先にあって然るべきものだ。

 ディープ云々は別にしても。

 易鳥も里緒奈たちと同じ目線まで降りてきて、愕然とする。 

「キスだと……だが、確かにイスカも……こ、この唇には、まだ何も……」

 彼とBは経験済みでも、キスはまだ。

 この事実によって、全員が再びスタートラインで横並びとなった。

 ところが、ひとりだけ鼻高々と優位に立つ。

「残念でした~。ミカルちゃん、おにぃとキスしたことあるも~ん」

「ぬいぐるみとでしょ。ノーカウントよ、そんなの」

「ぎゃふんっ」

「キュートちゃんがぬいぐるみとキスした時は、もっと焦らなかったかしら?」

 今度こそ全員が横並びとなった。

 KNIGHTSのメンバー同士にもかかわらず、依織が易鳥をけん制する。

「むしろ一緒にラブホテルに行ったのに、キスもしなかったなんて……易鳥、本当はあにくんに大して好かれてないんじゃないかな」

「そそっ、そんなことはないぞ? そんなことは……多分」

 今となっては易鳥のリードも、過去のもの。

 恋姫が表情を引き締める。

「つまり……お兄さんのファーストキスを奪った者こそ勝者、というわけね」

 里緒奈や菜々留も決意と覚悟を胸に、乗ってきた。

「望むところよ! 次こそリオナのアプローチで、お兄様の唇もハートもゲット!」

「お兄たまのファーストキスだけは譲れないわ。うふふ……絶~っ対」

 プロデューサーの唇を懸けて、アイドルたちが火花を散らす。

 マネージャーは呆れ果てていた。

「全員がAを済ませたら、お次はCで?」

「そうそう、それ! 美玖ちゃん、Cって何なの?」

 美香留の質問が女子会を凍りつかせる。


 その一部始終を、陽菜は廊下から慎重に窺っていた。

(お兄さん先輩が易鳥さんとラブホへ……けど、キスはまだ誰とも……)

 彼に関する重要な情報を反芻しつつ、息を飲む。

(こうしちゃいられないですの! ヒナも頑張らなくっちゃ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る