第346話

 不思議そうに陽菜が妹を見送る。

「どうして美玖さんが、キュートさんのマスクを取りにいらしたんですの?」

「なんでだろうね? 僕にはさっぱりワカラナイなあ……ハハハ」

 それからキュートが復帰するまで、十分ほど掛かった。

 すでに目ぼしいパフェの紹介は終わり、あとはクッキーを待つだけ。メイドたちは紅茶を淹れ、カメラの前でまったりと過ごす。

「ふう……いい香りね」

「メイドだけで寛いでるのって、何か違わない?」

「みっ、みんな? きゅーとが戻ってきたのに、リアクションないのぉ?」

 立場のないキュートも迎えて、やがて収録は終盤へ。

(一時はどうなることかと思ったけど……)

 クッキーの提供も無事に終わり、厨房で『僕』は胸を撫でおろした。

 アシスタントの陽菜もほっとした顔つきでカメラを眺める。

「な、何とかなりましたの……」

「さっきはごめんね。巻き込んじゃって」

 本日のMVPはこのメイドさんで間違いない。

 夏のイベントの告知や、CDの宣伝、近況報告など――紅茶が冷める頃には、トークもあらかた消化できた。

 ラストはゲストの依織が締め括る。

「えぇと……それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。いってらっしゃいませ、奥方様がた、旦那様がた」

「お客さんがグレードアップしてる~っ?」

 まばらな拍手が起こった。

「お疲れ様でしたーっ!」

 場の緊張が解け、スタッフは誰しも伸びをする。

 『僕』が陽菜とともにホールへ戻ると、綾乃がぺこりと頭を下げた。

「申し訳ありませんでした、シャイP。今回はグダグダになってしまいまして……」

「いや、綾乃ちゃんに落ち度はなかったよ。もとはといえば、お店の調理スタッフがインフルエンザで倒れたのが原因だし」

 今日の企画は別段、難しいものではない。

 しかしパティシエ陣の急病から始まって、易鳥も来られず……どうにかスタートは切れたものの、今度はキュートのマスクが外れるというハプニングの連続だ。

 里緒奈が自分で肩を按摩する。

「さすがに今回は肝が冷えたわ、リオナも……。アクシデントって、重なる時はとことん重なるものなのよねー」

 いつものように菜々留も頬に手を当て、微笑んだ。

「でも里緒奈ちゃんがトークを引っ張ってくれたおかげで、ナナルたち、すぐに仕切りなおせたわ。あれがなかったら多分、収拾がつかなくなってたもの」

 まさしく菜々留の言う通り。

 あの状況でアイドルの里緒奈たちまで狼狽していたら、現場は崩壊していただろう。最悪、企画自体が頓挫していた可能性もある。

(成長したなあ、みんな……)

 そのような状況下で、SHINYのメンバーは阿吽の呼吸を見せつけた。おかげでスタッフも気持ちよく仕事を終え、和やかなムードで撤収を進められる。

 けれども、そうは問屋が卸してはならない面子がいた。

 美香留と恋姫という珍しいコンビが、本日のWVP(ワースト・ヴァリアブル・パーソン)を威圧的に見下ろす。

「そんで? キュートはミカルちゃんたちに何か、ないわけ?」

「うっ」

「大変だったのよ? あなたが急にいなくなるから、収録も一度ストップして」

「それは……えっと」

 さしものキュートも床で正座し、がっくりと頭を垂れた。

 プロデューサーとして『僕』は一応、妹をフォローしておく。

「まあまあ。SHINYはチームなんだから、ひとりだけ責めたりせずに……ね? キュートには僕がしっかり言い聞かせておくから」

 美香留が頬を膨らませた。

「そんなこと言ってぇ、キュートにはとことん甘いんだもん。Pにぃ」

「許してあげるとか言って、またエッチな要求するんじゃないんですか?」

「美香留ちゃんはともかく、恋姫ちゃんの発想はNGだぞ? あと『また』って言ったよね、また『また』って言ったよね?」

「あにくん? 女の子に『股、股』言うの、どうかと思うよ」

 SHINYにしろKNIGHTSにしろ、品性に不安があるなあ……。

 とはいえ『僕』がキュート(妹)に甘いのも事実。

 今日くらいはビシッと言っておく。

「いいかい? キュート。今後は収録中にマスクが外れても、勝手に逃げたりしないように。ちゃんと僕たちに一言、相談するんだぞ」

「はぁい……」

 お兄ちゃんの『僕』に叱られ、妹はしゅんとしてしまった。

(本当にこの妹が美玖……なのかなあ?)

 相手が『あの妹』だけに、こちらとしても自信がなくなってくる。

 結局のところ、『僕』はキュートを特別扱いしていた。ボーカルレッスンもキュートだけ遅れていると知りながら、フォローのひとつもしていない。

 里緒奈が『僕』たちを急かす。

「陽菜ちゃんと依織ちゃんもいるし、早く上がらない?」

「そうだね。じゃあ、みんなも着替えて」

 『僕』も慣れない執事服のボタンを外し、一息。

「Pくん、このメイド服はまたSHINYで使うんでしょう?」

「うん、持って帰るから。依織ちゃんも執事服、最後は僕に返してね」

「了解。それじゃ」

 ところが、陽菜が慌ただしく戻ってくる。

 そしてケータイを掲げ、

「お兄さん先輩っ! あの、ヒナとも一緒に写真……一枚、撮って欲しいんですの」

 残りのメイドたちも我先に走り出した。

「あっ、ミカルちゃんも! 待ってて、ケータイ取ってくる!」

「リオナも……ってぇ、恋姫ちゃん? 菜々留ちゃんも待って、早すぎ~っ!」

「ほんと騒がしいよね。SHINYは」

 KNIGHTSも大概だと思うんだけどなあ。

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