第345話

 その甲斐あって、スタッフも次第に落ち着きを取り戻した。

 綾乃が代案を提示。

「いないものは仕方ありません。撮影を続行しましょう」

「ですけど、出だしはメンバーが揃ってたんですよ? キュートちゃんを枠から外すにしても、限界がありませんか」

「もちろんです。ですので、臨時で『彼女』に代役を任せようかと」

 その視線が、『僕』の傍に佇むメイドさんに向けられた。

「……え? ヒナが代わりに、ですの?」

 突然の提案に陽菜は困惑する。

 頭の回転は速い依織が相槌を打った。

「なるほど。キュートのマスクはあるから、それを陽菜に着けてもらって……別に喋ったりしなくても、演出として誤魔化せるわけだね」

「その通りよ。強引な方法だし、ファンもすぐに勘付くでしょうけど」

 行き当たりばったりの対応としては悪くない。

 早く収録を再開したいらしい恋姫や菜々留も納得する。

「キュートが戻ってくるまでなら、いいんじゃないですか?」

「Pくん、厨房のほうはどうなの? 陽菜ちゃんが抜けても大丈夫そう?」

「大きなものは片付いたよ。クッキーが焼けるまでは余裕あるかな」

 そう応じつつ、『僕』は陽菜のほうへ振り向いた。

「陽菜ちゃん、ほんと申し訳ないんだけど、キュートの仮面を着けて出てくれる? あのあたりで座ってるだけでいいからさ」

「えぇと……顔は出ないんですのね? それでしたら」

 キュートの仮面では目元しか隠せないものの、陽菜が頷いてくれる。

「じゃあ再開しようか。みんな、持ち場について」

「了解っ!」

 スタッフもそれぞれ配置に戻り、仕切り直しとなった。

「KNIGHTSといったら、この間、SHINYとお菓子パーティーしたのよね!」

 里緒奈が中断を感じさせない自然なトークで、収録を牽引する。

(さすが里緒奈ちゃん! これなら一気に巻き返せるぞ)

 菜々留や恋姫も矢継ぎ早に続いた。

「易鳥ちゃんったら、とってもお菓子作りが上手なんだもの。ナナルもびっくり」

「あの時の写真、ブログで公開してもいいんじゃないかしら」

 トークの内容も、ゲストの依織が簡単に混ざれるものだ。

「今日は本当に残念。易鳥も郁乃もすごく遊びに来たがってたんだけど」

「だったら、あれ! SHINYラジオに招待しちゃうのはぁ?」

「いいわね、それ! KNIGHTSってライブ以外だと滅多に出てこなかったから、ファンのみんなも聞きたいこと、たくさんあると思うしー」

「SHINYだけじゃなくKNIGHTSへの質問も、お待ちしてます!」

 数分もしないうちに収録は持ち直していた。

 パーテーションの陰で座るだけの陽菜も、いくらか緊張を和らげる。

 プロデューサーの『僕』も厨房からテレパシーで援護した。

(菜々留ちゃん、もう少し右へ……そうそう。後ろの陽菜ちゃんを隠す感じで)

(了解よ。ゲストをメインにすれば、まだ持つと思うわ)

 ただし魔法の素質がゼロの美香留には、テレパシーが届かない。

(じきにキュ……美玖がマスクの回収に来るから)

(美玖が? あの子、この非常時に何やってるのよ? まったく……)

(そんなのはあとあとっ! 美玖ちゃんが来るまでが勝負ね)

 調理アシスタントの陽菜が動けないため、執事の依織がパフェを運ぶことに。

「お待たせしました、お嬢様がた。こちら、当店で一番人気のフォールミント・ダブルパフェでございます」

「きゃ~っ!」

 メイドたちが快哉をあげる。

「依織、今のもう一回! 次はカメラ目線よ、カメラ目線!」

「恋姫ちゃん、そっち? パフェじゃなくって?」

 撮り損ねたらしいカメラ勢も、今度こそ執事をズームで捉えた。

「お待たせしました、可愛いお嬢様がた」

「はあぁ……これよ、これ! SHINYに絶望的に足りてないものは……!」

「ミカルちゃん、それ、問題発言だと思うんだけどぉ?」

 フェミニーな執事にメロメロになるアイドル……編集でカットしとくか。

 人気パフェの紹介が始まり、スタッフも一様に安堵する。

 その頃になって、ようやく問題のマネージャーが忍び足で戻ってきた。頭をパーテーションより低くして、そろ~っと陽菜の席を目指す。

 キュートの時に着ていたメイド服のままで。

 当然、それを見逃すメンバーではなかった。

 里緒奈たちが一斉に動き、マネージャーを取り囲む。

「ちょっとちょっとぉ、美玖ちゃん? コソコソ何やってるわけ?」

「えっ? ミ、ミクは……キュートに頼まれて、そっ、その、マスクを取りに……」

 妹はキュートではなくマネージャーとして、大ピンチに。

 しかもメイド服を着ているのだから、カメラが離そうとしなかった。

「あらあら……美玖ちゃんも着たかったのね? メイド服」

「コスプレ好きなんっしょ? 美玖ちゃん。やっぱ我慢できなかったんだ?」

「ちち、違うったら! この恰好は……そう! 普段着じゃ収録の邪魔になると思って」

 メイドの妹は赤面し、自ら爆乳を抱え込む(身体を竦ませると必然的にそうなる)。

 ただ、『僕』は別の危機を悟っていた。

(まずいぞ? キュートと美玖とで、共通項が揃いすぎてる……!)

 マネージャーの妹は今、先ほどのキュートと同じメイドのスタイルで。

 キュートの仮面を回収するべく、忍び込んできたわけで。

 これでは誰かがキュートの正体に勘付くのも、時間の問題だった。やむを得ず、『僕』はプロデューサーとしてアドリブを指示する。

(美玖は今からメイドさんごっこ! その間に陽菜ちゃんは戻っておいで!)

(は? ちょっと、兄さん……?)

 こうなっては『メイドに扮したマネージャー』を最大限に活用するほかない。

 面白半分に里緒奈や依織が乗ってくる。

「そうよねー。美玖ちゃんにもご主人様をお迎えしてもらわなくっちゃ」

「イオリがご主人様の役やってあげるから。スタンバイよろしく」

 菜々留もにこにこと便乗し、手拍子を鳴らし始めた。

「さあ美玖ちゃん、あっちのカメラに向かって!」

「く……っ! この美玖が、そんな恋姫みたいな真似……!」

「どういう意味よ? 説明しなさいっ!」

 SHINY恒例、マネージャーで遊ぼうの巻。

「おっ、おぉ……お帰りなさいませ、ごしゅっ、ご主人様……ッ!」

 新米メイドは忌々しげにご主人様をお迎え申しあげると、半ば四つん這いで命からがら包囲網を突破した。そのまま厨房へ逃げ込んで、陽菜からアイマスクを分捕る。

「そっそれじゃ! キュートに渡してくるから」

「は、はあ……」

「急がなくていいぞー? 美玖」

「兄さんは死ねっ!」

 このたびの自爆を『僕』のせいにされても、甚だ不本意なのですが。

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