第344話

 それもそのはず、喫茶店のホールへ出てきたのは可憐なメイドたち。

 白いフリルを満開にして、まさに立てば芍薬、座れば牡丹。歩く姿は百合の花。

 ボリュームたっぷりの巨乳もデコルテのフリルで縁取られて、魅力的な谷間を惜しげもなく覗かせている。

「お待たせっ! どお? ぴぃ……」

 ところが里緒奈たちは人間の『僕』を見つけるや、絶句した。

 こんな反応は以前にもあったような。

「え、えっと……みんな? どうかした?」

 恋姫は口元を、菜々留は頬を両手で押さえながら、つぶらな瞳を瞬かせる。

「P君? ど、どうして変身を解いてるんですかっ?」

「本物の執事みたいだわ……! ナナル、感激!」

 それを美香留とキュートが慌てて押しのけた。

「さっきまで恋姫ちゃん、おにぃに怒ってたっしょ? ねえ?」

「菜々留ちゃんも見ちゃだめっ! お兄ちゃんはきゅーとのなの!」

 妹たちも華やかなメイドのスタイルで、リボンとフリルを舞い踊らせる。

 アシスタントの陽菜もアイドルにひけを取らなかった。しかし普段と同じメイド服のせいか、自分の恰好には関心が薄いようで。

 むしろ執事の『僕』を矯めつ眇めつして、頬をほの赤く染める。

「お兄さん先輩、とっても素敵ですの……!」

「そう? ありがとう」

 そんな中、メイドの里緒奈が不満げに口を尖らせた。

「ちょっと、Pクン? もっとリオナたちのカッコに照れるとか……ないの?」

「いや、そのつもりだったんだけど……みんなが変な空気になるからさ」

 今度こそ『僕』のほうが戸惑うターンに。

 思い出したように恋姫がスカートを押さえる。

「そっそうです! 短すぎるじゃないですか、これ!」

 スカートとニーソックスの間で露出する、あられもないフトモモ――絶対領域。

 漫画やアニメでは定番だが、これをコスプレで実現しようすれば、スカート丈が極端に短くなる。階段を昇ろうものなら、それだけで丸見え必至。

「そこは安心してよ。ちゃんと魔法で、不自然な光が差し込むようになってるから」

「お色気アニメじゃないんですよ? もう」

「えっ? 恋姫ちゃん、そーいうのも観てるのぉ?」

「美玖とお兄さんが観るのって、エッチなやつばかりでしょう? だから自然とレンキの視界にも入ってくるんです」

 一瞬、キュートがアイマスクの中で眉をひそめた。

 また綾乃が首を傾げる。

「あの……シャイP? 変身とか魔法とか、何の話ですか?」

「あー、気にしないで。それじゃあ始めようか」

 いよいよ収録がスタートした。

 『僕』と陽菜は奥の厨房へ。そこからカメラを通して、収録の様子を見守る。

 SHINYのメイドたちはお辞儀でファン(カメラの向こう)を迎えた。

「「お帰りなさいませ! ご主人様」」

 BGMも流れ、格式の高いお茶会の雰囲気を漂わせる。

「本日はあの人気のお店、レズールアーンからお届けするわ。うふふっ」

「洋菓子で有名よね。レンキたちの学校でもよく話題になるもの」

 初期メンバーの三人がしっかり牽引してくれるおかげで、滑り出しは順調だった。スタッフの連携も機敏で、全体がスムーズに進む。

「ラジオでも話したけど、この間のレースゲーム! 盛りあがったわよねー」

「KNIGHTSとのゲーム対決ね」

「あのコスチュームは何とかならなかったのかしら? はあ……」

 ラジオや配信動画で慣れているせいか、菜々留も恋姫も間を空けることがなかった。

 その陰で綾乃が指示を出していく。

 皆と同じメイドの美香留が、ゲストをご案内。

「レースゲームといったら……じゃ~ん! 本日はKNIGHTSの依織ちゃんに遊びに来てもらっちゃいましたあ~!」

 依織も一介の執事として、お客様(カメラの向こう)をお迎えした。

「お帰りなさいませ、殿下」

「執事なんだし、そこは『お嬢様』じゃない?」

 ゲストの依織を中心に、KNIGHTSの話題で盛りあがる。

「ごめんね、易鳥と郁乃は補習で出てこられなくて。試験が近いから」

「どこも同じなのねえ。世知辛いわ……」

「前にラジオで、効率のいい勉強法について話したでしょう? まったく……」

 美香留や依織はまだまだ不慣れとはいえ、里緒奈たちのカバーが厚かった。

 この調子なら企画は成功間違いなし。厨房で『僕』と陽菜は一息つく。

「あっちは大丈夫そうだね。じゃあ、陽菜ちゃんはパフェの盛り付けをお願い。『僕』はケーキをデコレーションするからさ」

「わかりましたの」

 スポンジケーキなどはスタッフのほうであらかじめ焼いてくれていた。メニューの写真と見比べると少々不格好だが、どうにか盛り付けで誤魔化せるだろう。

 もっとも、その盛り付けが難しかったりする。

(簡単だったら、易鳥ちゃんにヘルプを要請しないもんなあ)

 また焼きたてを紹介するため、クッキーは焼かずに置いてあった。それをオーブンに放り込んでから、『僕』と陽菜で手分けして作業に当たる。

「手慣れたものだね、陽菜ちゃん」

「あ、ありがとうございますの。お兄さん先輩」

 『僕』の傍でメイドの陽菜が照れ笑いを浮かべた。

(お嫁さんがいたら、こんな感じだったりして……なーんてさ)

 ところが、不意にホールのほうでトークが途切れる。

 何事かと思いきや、

「ね、ねえ? コレ……キュートが着けてるやつっしょ?」

 美香留が怪訝そうに拾ったのは、アイマスク。

 心の中で『僕』は叫んだ。

(あ~~~っ!)

 何かの拍子に仮面が外れてしまったらしい。

 妹は慌てて逃げ、仮面だけが意味深に残されている状況だ。

 一旦収録を中断し、全員でキュートを捜す。

「キュートちゃ~ん! どこ行ったの?」

「撮った分で確認できないか? いつ消えたんだ?」

 喫茶店の中には大勢のスタッフがいるし、カメラは何台もある。ここから誰にも気づかれずに逃げおおせるなど、普通は考えられない。

 おそらく妹は魔法を使って、この窮地を切り抜けたのだろう。

 認識阻害の応用で存在感を希薄にすれば、人目を欺くことは容易い。あとはカメラの死角へ飛び込めば、ひとまず無事でいられるはず。

「Pくん、キュートちゃんに連絡はつかないの?」

「今、コールしてるんだけど……」

 ケータイで妹(美玖)に呼びかけるものの、一向に繋がらなかった。収録中の恰好で着の身着のまま逃げ出したため、ケータイを持っていないのかもしれない。

「生放送じゃなかったのが不幸中の幸いね」

「ほんと、ほんと。でもキュートちゃんも一言くらいさあ……」

「正体がバレると思ったんじゃないのぉ?」

 SHINYのメンバーは動揺するよりも呆れつつ、収録の再開を待っていた。

 プロ意識の成せる業だ。トラブルに見舞われようと、自分たちの仕事を忘れず、収録中の緊張感を維持している。

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