第342話
こうなっては、ほかに頼れる人物もいない。
『僕』は悪いと思いつつ、一年一組の美玖に、陽菜も連れてくるように指示する。
『陽菜を? 易鳥に頼むんじゃなかったの?』
「易鳥ちゃんは試験勉強で抜けられないんだってさ」
『まったくもう……先が思いやられるわね』
学年5位の妹よ、本人にも言ってやってくれ。
しばらくしてSHINYのメンバーと、陽菜が集合。
里緒奈は珍しく単語帳と睨めっこしていた。
「試験勉強? 期末までまだ半月あるんだから、焦らずにね」
「それはわかってるけど……リオナも、ちょっとはいい点取りたいのっ」
ドラゴンも回収しつつ、シャイニー号へ乗り込む。
「おにぃ! その子って易鳥ちゃんとこの?」
「置いていくわけにもいかないからさ」
「いいね、SHINYはこんなの使ってて。ドラゴンより快適」
「ギャウッ?」
シャイニー号には数えるほどしか乗ったことのない陽菜は、おどおどしていた。
「あ、あのぉ……お兄さん先輩? どうして今日はヒナも一緒なんですの?」
「実はね。今日の企画、陽菜ちゃんに手伝って欲しいんだ」
洋菓子店のパティシエはインフルエンザで全滅のうえ、易鳥は来られない。
「そこで……陽菜ちゃんにお菓子作りを担当してもらえないかと思ってさ。もちろん僕もフォローするし、ふたりで」
陽菜は祈るように両手を合わせて、『僕』を見詰めた。
「そういうことでしたら、ヒナ、今日は頑張っちゃいますのっ!」
「ありがとう! お給料も出るからね」
おかげで企画の目処が立つ。
彼女の心の美しさに『僕』は胸を打たれてしまった。
(なんて健気でいい子なんだろ、陽菜ちゃんって……可愛いし、おっぱいも……)
一方で、SHINYのメンンバーは殺気立つ。
「次はメイドさんに手を出そうってわけね? Pクンは」
「易鳥ちゃんをラブホテルへ連れ込んだ前科があるものねえ」
「そのうち陽菜にも着せるのよ? スクール水着を」
下手に言い訳しても三倍で返ってきそうなので、反論は一部に留めておいた。
「まったく……陽菜ちゃんは体操部なんだから、スクール水着じゃなくてレオタードをお願いするに決まって、んばぶっ?」
言葉の途中で、妹のチョップが『僕』の脳天に食い込む。
「兄さんが変なこと言い出したら、こんなふうにシメていいから」
「は、はあ……」
せっかくの勇者フォルムが凹の字になってしまったが、生きてるって素晴らしい。
「と……それにね? 陽菜ちゃんを呼んだ理由は、もうひとつあるんだ」
「え? あの、それより大丈夫ですの?」
「SHINYって、いつもこんな漫才やってるの?」
いいえ、これはれっきとしたアイドルグループの打ち合わせです。
本日の企画は都内でも有名な喫茶店『レズールアーン』で行われる。
洋菓子をメインにした店で、規模においては喫茶店というよりレストランだろう。人気商品は平日でも昼までになくなるほどで、雑誌でも幾度となく紹介されている。
しかしこの手の店は大抵、夏場は売り上げが落ちるのだとか。
チョコレートが溶ける、傷むのが早い、アイスクリームに押され気味……など、理由もありがちなものばかりだ。
ユーザーの食欲が上向きになる秋頃から、売り上げも回復し、ハロウィン・クリスマス・バレンタインでしっかりと稼ぐ。
その販売戦略は『僕』たちにとっても勉強になった。
研修生の綾乃が真剣な表情でメモを取る。
「熱心だね。お菓子業界に興味が?」
「KNIGHTSの易鳥がお菓子作りに精通してる、と知りましたので。今日はSHINYの企画ですが、いずれKNIGHTSでも活かせる機会はあるかと」
「今からなら充分、ハロウィンやクリスマスも狙えるしね」
最近はマネージャーの美玖が現場を離れる(キュートに変装する)ことが多いため、綾乃の出番が増えつつあった。
(僕なんかには過ぎたアシスタントだよ、ほんと)
そう素直に思えるのは、『僕』も有栖川刹那と同じ異邦人だからかもしれない。出世は自分以外の人間、それこそ彼女のような実力派の人材がすればよいわけで。
レズールアーンは定休日とのことで、今日一日は自由に使える。
すでにスタッフが現地入りし、収録の準備を進めていた。
「おはようございます~、シャイP」
「おはよう。電力は足りそう?」
「はい、行けますよ。バッテリーも持ってきてるんですけどね」
今のところ大きなトラブルはないらしい。
プロデューサーの『僕』は本日のメンバーを数える。
「ええっと……」
メインのSHINYは里緒奈、恋姫、菜々留、美香留、キュートのフルメンバー。
ゲストとしてKNIGHTSの依織。
それから調理アシスタントの陽菜で、計7人だ。
「シャイP、私は出なくていいんですよね?」
「うん。その代わり今回は僕が出るから、綾乃ちゃんは指揮をよろしく」
裏方の『僕』はカメラに映らないので、数には入れていない。
「Pクン、陽菜ちゃんはどういう扱いになるわけ?」
「僕と同じで、基本的には厨房に隠れてるよ。ただ、お菓子をホールへ出す時とか、手元が映るくらいのことはあるから。陽菜ちゃんも一応、衣装に着替えてくれる?」
「畏まりましたの」
綾乃もメンバーの頭数を確認し、口を挟む。
「待ってください、シャイP。依織もいるので衣装が足りません」
「大丈夫。KNIGHTSの分は僕が別で持ってきてるんだ」
「さすがあにくん。要領がいいね」
依織に褒められてしまったが、どれも『失敗からの教訓』が生きていた。
SHINYに先行してMOMOKAをプロデュースしていた頃は、現場で電力不足などという凡ミスも一通りやらかしたわけで。
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