第341話

 水着を買えたことで、メンバーはホクホク顔。

「美玖ちゃんも来ればよかったのにねー」

「Pクンの前で水着を選ぶのが恥ずかしかったのよ、多分。ほら、Pクンがジロジロジロジロ見たりするから……」

「恋姫ちゃん? 今の、『ジロ』が多くなかった?」

 キュートと一人二役の妹も上手くやるだろう。先に帰ったらしく、もういない。

 菜々留がぽつりと不安を口にする。

「でもPくん、よかったの? お仕事用の水着はチェックしなくて」

「刹那さんのチョイスってことにするから大丈夫だよ。そっちのほうがスムーズだし」

 仕事用の水着を選ぶにあたっても、刹那の同行は頼もしかった。

 ファッションセンスの話ではない。水着ひとつでスポンサーや事務所の要望をいちいち聞いていては、キリがないからだ。

 どれを選んだところで、必ず誰かが難癖をつけてくる。

 しかし有栖川刹那のチョイスなら、誰も文句は言えないわけで。

 実際に彼女が選んだ水着でなくともよい。彼女に同行してもらったのだから、本日の買い物には全部、有栖川刹那のお墨付きがつく。

 ご機嫌な美香留がぬいぐるみの『僕』を抱きかかえた。

「それとねぇ、おにぃ! 刹那さんが夏休み、一泊二日で遊ぼうってぇー」

「あー、何か刹那さんにプランがあるらしいね。マギシュヴェルト行きの旅行とは別に、SPIRALとも一回くらい、あってもいいと思うよ。僕も」

 里緒奈が小粋に指を鳴らす。

「そうこなくっちゃ! じゃあKNIGHTSと……」

(そっちは送り迎えだけでいっか)

 SPIRAL、そしてニブルヘイムとも仲良くやっていけそうだ。

 今から夕飯の支度をしては遅いので、SHINY勢はレストランで済ませることに。

「陽菜ちゃんと桃香ちゃんも一緒にどう? ご馳走するけど」

「あ、じゃあ家に連絡しますの」

「モモカもご一緒させてもらいますね。うふふっ」

 と思いきや、『僕』のケータイが鳴った。

「お? 綾乃ちゃんからだ」

 よく見れば、マーベラス芸能プロダクションからの不在着信も。メグレズと話し込んでいて気付かなかったらしい。

「もしもし? 綾乃ちゃんも帰ったんじゃなかったっけ?」

『シャイPに繋がらなかったそうで、こっちに連絡が来たんです。実は――』

 それは明日の企画に関係する、アクシデントの一報だった。


                  ☆

 

 料理ができる、特にお菓子作りが得意な人材が、緊急で要る。

 それがマーベラスプロ所属のアイドルなら僥倖だ。

 しかし『僕』の招集に対し、KNIGHTSからは依織しか来てくれなかった。

「あにくん。用件を聞こうか」

「え、ええと……易鳥ちゃんと郁乃ちゃんは?」

 依織は大袈裟に嘆息すると、訥々といつものペースで語り出す。

「いいかい? あにくん。イオリたちの通ってるケイウォルス学院はね、生徒の芸能活動に理解がある学校なんだ」

「らしいね。音楽家の長瀬宗太郎もこの間、そんなこと言ってたし」

「けど、それは出席日数に関する話で。定期試験の結果にはとても厳しいんだ」

「うちのS女もそうだよ。試験で特別扱いはしないって」

「そして、もうじき期末試験だ。ケイウォルス学院は二学期制で、前期は九月まであるけど、その期末試験は七月にあってね」

「ケイウォルスは中間、期末、中間、期末のあとで、学年末の試験があるんだって? 実質的に試験が5回あるから、余所と変わらないか。……それで?」

 業を煮やした『僕』のほうから結論を急かす。

「もう答えを言ったようなものだよ。そっちのメンバーは大丈夫なのかな」

 プロデューサーよりも教師として、『僕』は肩を落とさずにいられなかった。

「易鳥ちゃんと郁乃ちゃんは試験勉強でイッパイイッパイ……なんだね」

「ご名答」

 勉強しない勢の現状など、容易に想像がつく。

 易鳥と郁乃は今頃どこかで缶詰にされているのだろう。ケイウォルス学院には一度、綾乃とともにご挨拶とお詫びに行くべきか。

 依織は易鳥の代理で来てくれたものの、今回の人選からは外れている。

「参ったなあ……易鳥ちゃんのお菓子作りの腕をアテにしてたのに」

「食べる係なら任せて欲しい」

「まあ依織ちゃんも、参加する分には問題ないけど」

 事の始まりは昨夜の電話だ。

 SHINYは本日、ある人気店でウェイトレスのコスプレ企画を予定していた。

 ところが前日の夜になって、店のパティシエ陣が季節外れのインフルエンザで全滅。

「衛生管理の面は店長が健在だから、クリアできるとして……企画用のお菓子がね? ひとつも用意できてないんだ」

「なるほど。それで易鳥に白羽の矢が立った、と」

 お菓子は生ものなので当然、作り置きなどしているはずもない。

「でも、あにくんなら喫茶店の息子だし、盛りつけくらいはできるんじゃないの?」

「本当に盛りつけだけなら、ね。どーするかなあ……」

 ぬいぐるみの『僕』は、寮の中庭から六月末の青空を仰ぐ。

「ところでさあ……依織ちゃん?」

「何?」

「あれ……なんだけど」

 夏の太陽を大きな影が遮った。

 『僕』と依織はどこぞの祠の台詞を重ねる。

「大空はお前だけのもの」

「大空はお前だけのもの」

 ……じゃなくて。

 かの有名なモンスター、ドラゴンが旋回を続けているのだ。

 あれは易鳥のペットで、乗り物で。

「道理で……朝一に押しかけてこられるわけだ」

 ぬいぐるみの『僕』は苦悩のあまり頭を抱え込む。

 最近この界隈でUFOの噂が後を絶たないことも、合点が行った。易鳥たちが認識阻害の魔法も不完全なまま、ドラゴンを乗りまわしていたせいだ。

 そんな『僕』の肩を、依織がぽんと叩く。

「大丈夫だよ、ドラゴンの一匹や二匹。某アイドルがプロデューサーとラブホテルでしけ込むことに比べたら、話題にもならないから」

「そのアイドルって誰のこと? プロデューサーって誰のこと?」

「やれやれ。あにくんには一度お灸を据えないとね」

 確かに人気アイドルのスキャンダルと比較すれば、UFOなど些細なことだが。

「あいつ、僕と同じサイズになれるよね? 早く隠して」

「厳密にはデフォルメ」

「何でもいいから。依織ちゃん、早く」

 お菓子を作れない面子が余計に増えてしまった。

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