第340話
そんな中、刹那が助け舟を出してくれた。
「ごめんなさいね? キュートちゃん、美香留ちゃん。今日はシャイPに会わせたいひとがいるのよ。そこの喫茶店で待たせてあるから」
その言葉に『僕』も思い出す。
「あー、親戚のお姉さんでしたっけ? マギシュヴェルトの話を聞きたいとかで」
「ええ。悪いけど、少しだけ付き合ってあげてちょうだい」
ドキッ水着だらけのアイドル女子会を回避できるなら、渡りに舟だ。
「じゃあ行ってくるよ。みんなはゆっくり選んでて」
「え~? きゅーとはお兄ちゃんに……」
「いいじゃないの、キュートちゃん。Pくんは海でびっくりさせてあげるほうが、きっと面白いわよ? うふふ」
ぬいぐるみの『僕』はささっとブティックを抜け出し、隣の喫茶店を訪れる。
「いらっしゃいませ」
「えぇと……中で待ち合わせしてるんですけど」
「こっちよ? プロデューサー」
奥のほうで手招きする女性がいた。
その稀有な容姿に『僕』は言葉を忘れそうになる。
「あ……ど、どうも」
銀色の髪と、緋色の双眸。
もはや異国風というよりファンタジックな印象で、強烈に人目を引く。店のマスターやほかの客が押し黙っているのも、彼女の存在感に気圧されてのものか。
慎ましやかな物腰には、どことなくサディスティックな気配が漂っていた。
「あなたも座ったら?」
「ええと、じゃあ……っと。僕はコーヒーで」
おずおずと『僕』は向かいの席につき、魔法で目線を高くする。
「自己紹介が遅れたわね。私はメグレズ。あの子……セツナの姉みたいなものかしら」
「ご丁寧にどうも。僕は――」
だが『僕』は気付いてしまった。
喫茶店のマスターが視線を逸らしたがるのも、これだ。
彼女、メグレズの服の襟元にその理由がある。
(うわあああっ! このひと、お店のタグ外すの忘れてる~ッ!)
ダメなタイプのひとで間違いなかった。
刹那が同席しないのも、メグレズと同類と思われたくないから――かもしれない。
とにかくタグには気付かないふりをしながら、『僕』はコーヒーを呷った。
メグレズが興味津々にぬいぐるみの『僕』を眺める。
「ふぅん……セツナに聞いてはいたけど、大したものね。認識阻害? それで……マギシュヴェルトなんていう『世界』があるんですって?」
世界という言葉が、『僕』と彼女の価値観をひとつにした。
漫画の中でもない限り、場所や空間を『世界』と呼ぶことはないだろう。つまり彼女もまた、ここでは『世界を異にする』異邦人なのだ。
「でも、その格好は何なの? あなた、自分に疑問はないのかしら?」
「これは修行の一環なんです」
「敬語なんていらないわよ。お互い対等に行きましょう」
タグのついた美女を前に緊張しつつ、『僕』は身の上話を披露した。
感慨深そうにメグレズが溜息を漏らす。
「よもや天界の一部がかろうじて残ってて、国家を維持してるなんてねえ。こちらにとっては大発見だわ。あなた、こっちのことはご存知?」
「ううん。刹那さんにも特に聞いてないんだ」
「あなたにだけ喋らせるのも何だし。まあ、大した話ではないのだけど」
続いて、彼女のほうからも簡単に説明してもらえた。
かつてはこの地上を挟んで、天界(アースガルド)と魔界(ニブルヘイム)、ふたつの世界があったのだとか。
しかし天界も魔界もすでに滅んでおり、ごく一部が残っているに過ぎない。その天界の残った部分が『僕』たちのマギシュヴェルトだ。
「ニブルヘイムはなくなったわけではないけど……以前の姿で残ってるのは、城下町ひとつよ。あなたの話を聞く分には、マギシュヴェルトのほうが大きいでしょうね」
対するニブルヘイム(あくまで『魔界』を名乗っているらしい)も細々と営みを続けている、とのこと。
マギシュヴェルトにとってもニブルヘイムにとっても、今夜の邂逅は歴史的な瞬間となるのかもしれない。
とはいえ、当事者である『僕』たちに他意はなかった。
メグレズは挨拶に来ただけで。
「一応、今は私がニブルヘイムの代表なのよ。だから、あなたには挨拶だけでもしておきたくて。悪かったわね、わざわざ」
「いやいや、僕も関心はあったし。刹那さんには聞きづらかったからさ」
この件をマギシュヴェルトに報告したところで、大した騒ぎにはならないだろう。
ただ、メグレズがひとつだけ『僕』に念を押す。
「そうそう、こっちには親善大使の末裔がいるのよ。天界のね。で……天界と交流する際は、その末裔を仲介に立てることになってるのだけれど……」
「こっちでは聞いたことないなあ。そういうの」
「まあ『今さら』よね、それも。でも今後、絡むことが増えたら、正式に親善大使を立てることになると思うから」
「僕もマギシュヴェルトに伝えておくよ」
これにて会談は終了。
「ところで……あなた、男性なんでしょう? よくセツナに相手してもらえるわねぇ。あの子、筋金入りの男嫌いなのに」
「本人から聞いたよ。SPIRALのファンには絶対、聞かせられないけど」
ついでのような雑談に興じていると、陽菜が迎えに来てくれた。
「お兄さん先輩。お買い物のほう終わりましたので」
「うん。じゃあ帰ろっか」
『僕』は席を立ち、メグレズと別れる。
「ここは私が持つから気にしないで」
「ありがとう。それじゃ、また」
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