第338話

 マネージャーの美玖がコーヒーを淹れ、戻ってきた。

「こっちまで聞こえてたわよ? まったく……学校の勉強くらいで」

「美玖ちゃんは学年5位だから、そう言えるのっ!」

「ちなみに知ってると思うけど、桃香さんは三年生で学年2位よ? 2位」

「あ~~~っ!」

 5人のうち3人が万歳のポーズで倒れる。菜々留まで……。

「期末試験さえ乗り越えれば、楽しい夏休みじゃないの。頑張ったら?」

「美玖の言う通りよ。それとも補習に出たいの? あなたたち」

「お願いだから正論やめて! こっちが間違ってるのは、わかってるんだってば!」

 特に里緒奈と美香留がこの調子なので、勉強会に受験生の桃香は呼べなかった。

「美玖。陽菜ちゃんは勉強のほう、どうなの?」

「恋姫と同じくらいよ。小テストなんかもちゃんと押さえてるし……まあ」

 と、美玖が吐息を挟む。

「頭ごなしに勉強、勉強と言ってもね。ご褒美とか用意してあげたらどう? 兄さん」

 ぬいぐるみの『僕』は身体ごと首を傾げた。

「水着と、旅行と……アイドル活動にしても、遊べる企画がたくさんあるのに?」

「あぁ、確かに。なら勉強にご褒美なんていらないわね」

「いります! いります~っ!」

「はあ……もう少し何とかならないのかしら」

 そもそもアイドル活動には給料だって出てるんだけどね?

「じゃあ、また易鳥ちゃんにお菓子でもお願いしようか? 次は和菓子で」

「あらあら……和菓子も作れるなんて、すごいわねえ」

「待って、待って! ご褒美ならミカルちゃんの聞いてっ!」

 ここぞとばかりに美香留が手を挙げ、はきはきと『僕』に要求した。

「ミカルちゃんがテストで百点取ったら、おにぃ、ラブホ行こ? ラブホ!」

「らぶっ?」

 ラブラドールレトリバーの聞き間違いではないらしい。

 この妹、おそらくラブホテルの用途を未だに理解できていなかった。

(易鳥ちゃんも『旅館』と勘違いしてたしなあ)

 しかしラブホなどというパワーワードが出たにもかかわらず、ほかのメンバーは神妙な面持ちで成り行きを見守っている。

 妹の美玖が淡々と呟いた。

「いいんじゃない? プロデューサーがホテルに担当のアイドル連れ込むなんて、マスコミに知られたら一巻の終わりでしょうけど」

「怖っ! それ怖い!」

 どうか認識阻害の魔法が切れるフラグではありませんように。

 それはさておき、ラブホテルで『僕』と易鳥が何もなかったことは、皆も知っている。


   悪魔「あれで何も……なかった、だと……?」

   天使「触って撫でて揉んだのに? 舐めてないくらいで」


 こいつらはそのうち法廷で証言台に立つんじゃないだろうか。『僕』の法廷で。

「本っ当に何もなかったんですか? お兄さん」

「恋姫ちゃんも僕の脳内会話に入ってくるの、やめて?」

 仮に美香留とラブホテルに行ったところで、どうこうなるはずもなかった。易鳥の時もブレーキは利いたのだから。

 それに、

「いいよ、美香留ちゃん。百点が取れたらね」

「うんっ! 約束だかんね、おにぃ」

 条件は試験で『百点』、すなわち満点だ。なかなか取れるものではない。

 それを踏まえてか、里緒奈や菜々留も食いついてきた。

「お兄様、リオナも! 百点取ったらラブホに連れてって?」

「ナナルも頑張るわ。易鳥ちゃんには負けられないもの」

「う、うん? でも百点だからね? 百点」

 恋姫が真剣な表情で黙り込む。

「……………」

「恋姫ちゃん? さては、どの教科なら百点が狙えるか、考えてるのね?」

「ちちっ、違うったら! レンキは試験の範囲で、その……」

 真っ赤になる恋姫を一瞥し、妹は溜息。

「夏はずっと変身しっ放しでいたら? 兄さん」

「そうだね。こっちのほうが快適だし」

 ほかの溜息も重なった。

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