第336話

 里緒奈たちの要望はプロデューサーとしてもわかる話だった。

「そうだね。プライベート用のと、ついでに配信用のも早く買っておかないと」

 里緒奈が目を丸くする。

「配信用?」

「あー、うん。準プライベート用っていうか……お仕事の建前で着るやつね。スポンサーなんかも絡んでくるから、早めに用意しておきたいんだ」

 バスタオルで身体を拭きつつ、桃香が横から付け足してくれた。

「SHINYも人気のアイドルグループですから。映像や写真で露出するなら、できる限り『チャンスになるもの』を着せたいんです」

 さすが天下のグラビアアイドル、的確な言いまわしだ。

 カメラの前でアイドルが身に着けるものは、少なからず売り上げに影響する。

 それこそシュシュのひとつにしても。

『桃香ちゃんが着てるワンピって、どこのやつ?』

『あれ可愛いよねー。提供どこだっけ?』

 ファンの目に触れることで、まず商品がチャンスを獲得する。

 また芸能事務所やタレントにとっても、コネクションに繋がるチャンスになり得た。

 手間は煩わしいものの、要は『持ちつ持たれつでやりましょう』というわけだ。ファンもファンで買い物を楽しめるため、全方位にWIN-WINの関係が成り立つ。

「ええっと……つまり?」

 まだ飲み込めないらしい里緒奈に、美玖が言い切った。

「プライベート用のは別として、もう一着、経費で買えるってことよ。ただしそっちの水着は、どこまで自由に選べるかわからないけどね」

 メンバーの快哉が響き渡る。

「最高じゃない、それ! 早く買いに行かなくっちゃ!」

「そういうことなのね。よかった……レンキはてっきり、またP君にエッチな水着を強要されるのかと……」

「そんなこと言って、お望み通りに着ちゃうんでしょう? 恋姫ちゃんは」

 一部で『僕』をディスる発言があった気もするが、触れないでおくことにした。

 菜々留が頬に手を当て、『僕』にちらっと視線を寄越す。

「でも……どうせ買うなら、Pくんの意見も参考にしたいわ。ねえ?」

「そーよねー。Pクンはこの中で唯一の男の子だもの」

 『僕』の直感が危機を感じ取った。

(この流れはまずいぞ……)

 ただでさえ男性にとって女子のショッピングはハードルが高いのに、目的は水着。

 先日も幼馴染みに同行したので、知っていた。あのビキニだらけの空間で店員の視線をチクチクと感じつつ、買い物が終わるのを待つなど、過酷すぎる。

 当然、水着について聞かれても答えようがないし。

 退屈そうにしようものなら、何と言われるか。

 できることなら『僕』抜きで行って欲しかった。経費だのは優秀なマネージャーの妹に任せれば済む。

「そうだわ。キュートちゃんも呼ばないとねー」

「うっ」

 しかし美玖もキュートに扮していては、マネージャーどころではなかった。

 ただ、幸いにして名案が閃く。

「みんな、お店はどうするの? アテとかある?」

 恋姫がグラビアアイドルに目配せした。

「桃香さんなら……でも勉強で忙しいわよね、桃香さんは」

「ごめんなさい。お店の紹介くらいなら、できると思いますけど」

 この流れは『僕』のプラン通り。

「Pくんの魔法があるといっても、ナナルたちは芸能人だものね。そのあたりの融通が利くお店って、ないかしら?」

 菜々留のその言葉を待ったうえで、『僕』は皆に提案した。

「それなら助っ人を呼ぼうか? ほら、『次は一緒に買い物に行きましょ』って」

「え? ミカルちゃんの知ってるひと?」

「SPIRALの有栖川刹那さんだよ。どうかな」

 里緒奈も恋姫も声を弾ませる。

「ほんとっ? 刹那さんが来てくれるなら、頼もしいかも!」

「温泉の時はあまり時間がなかったものね」

 トップアイドルの有栖川刹那とは、わずかながらに交流があった。

 刹那は女の子が大好物(大好きではない)で、SHINYのメンバーを甚く気に入ってくれている。スケジュールに無理さえなければ、快く来てもらえるはずだ。

 水着を選ぶ間は刹那に任せて、『僕』は適当にやり過ごせばよい。わざわざ水着売り場へ足を踏み入れることもないだろう。

「せっかくだし女の子同士、僕抜きでショッピングするといいよ。みんなの水着、僕も当日まで楽しみに取っておきたいしさ」

「それ、男の子の姿で言ってくんない?」

 早速、『僕』は刹那に連絡。

『SHINYと水着を買いにっ? 行く行く! 絶対に行くわ!』

 ものの数分で二つ返事が返ってきた。

「ちょっと遅くなるけど、明日の夕方、行きつけのお店に案内してくれるって」

「おお~っ!」

 楽しいショッピングにスペシャルゲストまで加わり、メンバーは拍手で喜ぶ。

「もちろん美玖ちゃんも行くでしょ? なんたって、あの刹那さんが来るんだから」

「え、ええ……まあ」

 ただ、キュートとして参加予定の美玖はお祭りムードに混ざれずにいた。ノートパソコンでマネージャーの業務をこなしつつ、別の提案ではぐらかす。

「どうせ夏は一緒にリゾート行くだろうし、易鳥たちも誘ってあげたら?」

「あー、易鳥ちゃんはもう水着買ったんだよ。僕と一緒に」

 そこまで口にして、『僕』はぬいぐるみの表情(むしろ全身)を強張らせた。

 いつもの三人がゆらりと立ちあがって、小さな『僕』を取り囲む。

「へえ~? 易鳥ちゃんと、Pクンが? リオナ、全~っ然、知らなかったわ~」

「映画を見ただけなんて言っておいて……そうですか。あーそうですか」

「いいのよ? ナナルは。幼馴染みだもの、一緒に水着を買いに行くくらい普通よねえ」

「ちょっ、映画の時のじゃなくて! パコパコした時の!」

 危うくボコボコにされるところだった。

 いつだって『僕』の味方でいてくれる美香留が、憤怒の化身たちを宥める。

「易鳥ちゃんがおにぃとラブホ行ったの、まだ気にしてんのぉ?」

「うぐっ」

 その一言に里緒奈たちはあとずさり、口を噤んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る