第334話
漆黒のドレスがスカートを揺らした。
(……ゴスロリ?)
ピスケス城のパーティーで見かけたような、フォーマルなドレスではない。過剰なほどにフリルやレースでデコレーションされた見目姿は、奇抜でさえある。
「クスクス……そっちもフェンリル団のお仲間さん?」
愛らしい声色なのに、脅し文句に聞こえた。
その華奢な手は、ゴシックドレスには似つかわしくない武装を携えている。一部は剣のようであり、一部は銃のようであり――無意識のうちに『僕』は目を強張らせた。
一行の中に『僕』を見つけ、彼女は嬉しそうに微笑む。
「あっれぇ? 誰かと思ったら、お兄様だったの?」
「お……おにい、さま?」
思いもよらない呼び方をされ、『僕』は呆気に取られてしまった。
アリエムやシェニも驚いて、『僕』に視線を寄越す。
「兄妹ってこと? 勇者クン、妹がいたの?」
「あまり似てないようだけど……」
傷つきながらも、ネーナはよろよろと立ちあがった。ハイパーカッターを構えなおし、謎の少女をねめつける。
「ざ、ざけんじゃねえぞ……やられっ放しで、バトンタッチできるかってぇの」
「やめな、ネーナ! 刺激すんじゃないよ、こいつらも巻き込む気かい?」
エリザが制するも、怒り心頭のネーナには届かなかった。
「いっくぜえ!」
「何回やっても同じだってば」
ハイパーカッターを背中まで振りあげつつ、ネーナが跳躍する。
ジャンプの勢いに遠心力も合わせた一撃が、強烈に地面を殴りつけた。衝撃波が三百六十度に広がり、燻っていた黒煙を散らす。
だが、すでに少女の姿はなかった。
「こっち、こっち!」
易々とネーナの背後を取り、奇妙な武器からエネルギー弾を放つ。
「て、てめえ! 調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「だめよ、ネーナ! もっと離れて!」
アリエムが気付くのとほぼ同時に、少女は武器のフォームを変えた。刃が銃口の前に出て、ツヴァイハンダー(両手剣)のような姿となる。
「レーヴァティン! イグニッションっ!」
剣が紅蓮の炎をまとった。
それを少女は軽々と片手で振りまわす。
「チッ! そんな炎で、おれがビビるとでも思ってんのか?」
「さあ? リオナ、あなたのことはよく知らないしぃ?」
俄かに深紅の魔方陣が浮かびあがった。
その中央に少女がレーヴァテインを突き込むと、炎が魔方陣の全体を駆け巡る。
「いけません! みなさん、こちらへ――」
「エクスプロードぉ!」
次の瞬間、迷宮に轟音が鳴り響いた。
間一髪でステラの障壁が間に合い、『僕』たちは大爆発を免れる。
「なっ、なんなのよ? これ!」
エリザはシェニの肩を借りていた。
「すまないね……お姫様の手を煩わせちまって」
「無理に立ってなくていいから」
やがて黒煙は晴れ、一騎討ちの結末が明らかになる。
ネーナのハイパーカッターが砕け散った。
「んだとォ……?」
「もう諦めたら? ばいばーい」
「ぐはっ!」
少女に蹴り飛ばされ、ネーナの身体が地面でバウンドする。
じっとしてなどいられなかった。『僕』は彼女を抱き起こし、何度も呼びかける。
「ネーナ! しっかりしろ! ネーナ!」
かろうじて息はあったものの、反応はなかった。
ゴシックドレスの少女が髪をかきあげ、不敵な笑みを浮かべる。
「どうせ死なないんだから、いいじゃない。次は誰がリオナと遊ぶの?」
ネーナを痛めつけられた怒りと、未知の力に対する恐怖とがない交ぜになった。それでも『僕』は顔をあげ、ゴシックドレスの彼女を睨む。
「何者なんだ? 君は。どうして、ひとりでアンタレスに……」
「ちょっとねー。と……そうそう、ついでに」
リオナという名前らしい少女が取り出したのは、スマホだった。
「アドレス交換しない? お兄様」
「……っ!」
こちらのスマホが彼女の素性を物語る。
りおな UR 生存者(サバイバー) レベル 67
同じ世界から来た異邦人――その事実に『僕』は声を震わせずにいられない。
「もしかして、き、君もこの異世界へ……?」
「なんでこの企画がボツなのっ?」
と、現実の里緒奈が『僕』に本気のクレームを叩きつける。
プロデューサーとして『僕』は正直に答えた。
「どうにも企画が弱い気がしてね。バトルやファンタジー路線はSHINYのファンが求めてるものじゃないし、マーベラスプロには見せずに、僕のほうでボツにしたんだ」
恋姫が不満げに異論を挟む。
「それで採用したのが、世界制服……なんですか?」
「もっと言ってやって、恋姫ちゃん! こっちの企画だったら、リオナたち、ゴスロリのドレスとか着られたのに~!」
「そうよねえ……ナナルも水着やブルマより、ゴスロリのほうが」
菜々留まで昔のボツ企画を支持し、溜息を漏らした。
『僕』は別の企画でお茶を濁そうとする。
「えぇと……じゃあ、変身ヒロインのやつはどう? ユニゾンヴァルキリーとは違って、ポップな路線でさ。可愛いと思うんだ」
「そっちもスクール水着の変身ヒロインでしょーがっ!」
そんな『僕』を里緒奈のアッパーがかちあげた。
「んぶっびゃらぶ!」
他人事のように菜々留が雑誌に意識を戻す。
「Pくん? その断末魔が処女作『ザクラリッターミズキ』の台詞だってこと、ナナル、誰にもわからないと思うの」
恋姫の視線も冷たい。
「それもスクール水着の変身ヒロインものでしたっけ? P君」
「な、なんで内容まで知ってるの?」
『僕』も異世界に転生しちゃおうかなあ……。
でもラスボスみたいな里緒奈とは戦いたくなかった。
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