第333話

 しかし三人の不安をよそに、お菓子パーティーは当日を迎えてしまった。

 制服姿の易鳥がエプロンを着け、キッチンを前に意気込む。

「いいキッチンじゃないか。しばらく借りるぞ」

 ぬいぐるみの彼も乗り気だった。

「何なら僕も手伝うよ。これでも一応、喫茶店の跡取りだからさ。それに……女の子だらけの場所で待つのも、ね」

「そうか? じゃあ手伝ってもらうか」

 幼馴染みのふたりがてきぱきとお菓子作りを始める。

 その様子を、里緒奈・恋姫・菜々留の三人は廊下のほうから窺っていた。

(それなりに手際はよさそう……ね)

(お兄さんは多分、さり気なくフォローするつもりなんだわ)

(軌道修正して、何とか食べられるお菓子にするわけね)

 その三人分の背中に美玖が声を掛ける。

「何やってるのよ? あなたたち」

「ひゃっ?」

「こっちはこっちで、コラボ企画の打ち合わせって言ったじゃないの。お菓子作りのほうは兄さんと易鳥に任せて、早く来なさいったら」

 マネージャーに諭されては、ぐうの音も出なかった。

 里緒奈たちは後ろ髪を引かれながらも、キッチンを離れる。

(美味しいお菓子を、とは言いません。どうか普通に食べられるものを……!)

 易鳥の手作りお菓子とエンカウントするまで、あと二時間ほど。


 やがてティーパーティーの頃合いとなった。

 居間のソファーを動かして、真中に低めのテーブルを置き、席を設ける。

「ごめんなさい。モモカまでお邪魔してしまって」

「いーの、いーの。ミカルちゃんと桃香さんの仲っしょ?」

 隣のマンションに住むグラビアアイドルの桃香も招待し、メンバーは十一人だ。

「さすがにこの人数だと狭いわね」

「でも人数が多いほうが、カロリーを分散できると思うデス」

「張りきってるからね、易鳥。すごい量になりそう」

 緊張感のない面々の言葉に里緒奈たちは首を傾げた。

 陽菜と桃香がお茶を淹れていく。

「あ……ナナルも手伝うわ」

「菜々留さんはどうぞ、ごゆっくり。すぐ終わりますの」

 そのお茶が冷めないうちに、いよいよメインのお菓子が運ばれてきた。

「……………え?」

 まさかの出来栄えに里緒奈たちは目を点にする。

 大皿の上に乗っかっているのは、丸太だ。

「こっちでは『くりすます』のケーキらしいな? 瑠璃家さんに教わったんだ」

 その正体はクリスマスケーキでお馴染みのブッシュ・ド・ノエル。

 それも市販のロールケーキ程度のものではない。チョコクリームを盛りに盛って、イチゴも贅沢にトッピングした、ゴージャスなケーキであって。

 美香留が爛々と瞳を輝かせる。

「おおおお~っ! こ、これを易鳥ちゃんとおにぃが?」

「僕は少し手伝っただけだよ。あとは……」

 色鮮やかなフルーツタルト、さらには抹茶仕立てのチーズケーキまで出てきた。

 エプロン姿の易鳥が照れ隠しに謙遜する。

「こっちのチーズケーキは地味な気もしたんだが……こいつが『甘さ控えめのケーキもひとつくらいは』と言うんでな」

「あにくん、グッジョブ」

「むしろ抹茶のほうがイクノちゃん、大好きデス!」

 依織と郁乃がハイタッチを交わす傍ら、美玖は敗北感に屈していた。

「最初のうちは母さんに教わってたんだけど、どんどん上達して……ね。ご両親も脳筋の娘がお菓子作りなんて始めるから、あれもこれも揃えちゃって」

「そう褒めるな、妹」

「脳筋って単語を聞き逃してない? 易鳥」

 メイドの陽菜が易鳥のエプロンを受け取り、ハンガーに掛ける。

「あとでぜひ、ヒナにもレシピを教えて欲しいですの」

「あ、あの! モモカにも……」

「お安い御用だ。そうだな、片付けの時にでも」

 豪勢なブッシュ・ド・ノエルと、フルーツタルトと、チーズケーキと。

 アッサムの上品な香りも相まって、お菓子パーティーは淑女の社交場となった。

 棒立ちの里緒奈が口角を引き攣らせる。

「こ、こんなの……リオナ、写真でしか見たことないんだけど……?」

 郁乃が自慢げに鼻を高くした。

「易鳥ちゃんのこと、見直してくれましたか? 普段は暴走するだけの脳筋でも、お菓子作りだけはプロ級なんデス。えっへん!」

「お前まで褒めるな。ハハハ、照れるじゃないか」

「だから易鳥? 脳筋って単語に反応しよう?」

 依織はついでのように補足する。

「でも易鳥、自分は太らないからってカロリーを度外視するし、たくさん作るから。こういう会合でもないと、なかなか機会がなくてね」

「ああ……お夕飯は食べられそうにないわね、今夜は」

 確かにカロリーとボリュームにおいては、十一人でも尻込みするほどだ。

 恐る恐る菜々留が彼女に問いかける。

「ね、ねえ……易鳥ちゃん? どうしてお菓子作りにここまで?」

 易鳥は頬を染め、もったいぶるように打ち明けた。

「まあその、なんだ? いずれお兄……じゃない、こいつと一緒に喫茶店を切り盛りすることになるかもしれないだろ? だから少しくらい練習しておこうと思ってな」

 里緒奈、菜々留、恋姫の三人は四つん這いになるまでくずおれる。

「お、重……っ! 想像してた以上に愛が重たいんだけどっ?」

「カロリーも重そうね……明日からみんなでダイエットかしら……」

「誰よ? 幼馴染みは噛ませ犬だなんて言ったのは!」

 SHINYのライバルは只者ではなかった。

 この幼馴染み、強敵すぎる。

「さっきからどうしたの? 里緒奈ちゃんたちだけテンション低いぞ?」

「兄さんがコレだもの。せめてまともな義姉が欲しいわ……」

 妹ズも油断ならない今、里緒奈たちにはモブ化の恐れがあるとか、ないとか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る