第330話

 それから待つこと数分。静かに扉を開いて、幼馴染みは装いも新たに登場した。

「待たせたな。ど……どうだ?」

 まさかの恰好に『僕』は目を見張る。

「易鳥ちゃんっ? それ……」

「ジ、ジロジロ見るんじゃない! ……いや、見てもいいんだが……」

 幼馴染みは青色を基調とした、レース仕立てのブラジャーとショーツだけを身に着けていた。豊満なプロポーションが、あられもない柔肌を美味しそうに照り返らせる。

「……」

 無意識のうちに『僕』は見惚れてしまっていたらしい。

「そ、その目はやめろ? やめてくれ……」

 そんな『僕』の視線に耐え兼ね、易鳥は我が身をかき抱く。

 そのせいで、たわわな巨乳はむしろ谷間を強調してしまった。恥ずかしがって身体を捩るさまが、何やらもどかしそうにも思えてくる。

 『僕』はうなだれ、両手で顔を覆った。

「どうかしたのか?」

「いや、その……ラブメイク・コレクションを思い出しちゃってさ」

 ラブメイク・コレクション。

 最先端のランジェリーと魅惑のセミヌードが一堂に会する、あの企画さえなければ、まだ『僕』は平静を保っていられただろう。

 ブラやパンツがスクール水着に勝てるとでも?

 そう本気で思っていたのだから。

 しかしラブメイク・コレクションを経て、『僕』のアッチの嗜好は幅を広げるとともに敏感にもなっていた。今の『僕』にとって、易鳥のセミヌードは刺激が強すぎる。

 そのうえ今は男子の身体だ。

 無邪気なワクワクではない、後ろめたいムラムラが込みあげてくる。

 そんな『僕』の煩悶を知ってか知らずか、幼馴染みはおずおずと隣へ腰を降ろした。

「ま、まあなんだ? ラブホだしな、その……」

 両手をフトモモの間に差し込んで、せめてショーツだけでも隠そうとする。その仕草こそが『僕』を煽っていることに、気付いてはもらえないだろうか。

「勝負下着というやつなんだぞ? 前にお前と一緒に買った、水着にしようかとも思ったんだが……SHINYはラブメイク・コレクションに出たというしな」

 不自然に顔を背ける易鳥に対し、『僕』も逆を向く。

「じ、じゃあ……その下着もSHINYのみんなに対抗して?」

「それだけじゃないぞ? ちゃんと……そ、そうだ。お前に見せてやりたくて……」

 背中越しに彼女が一拍の間を置いた。

「それに……修行が終われば、次は結婚だろう?」

「えっ? ええっと……」

 順番で言ったら、確かにそうなる。

 まだ相手は決まっていないものの、いずれSHINYの誰かと進展するのでは――正直なところ、そんな期待もあった。

(お風呂デートは続いてるもんなあ……)

 もちろん本命に選ばれなかったメンバーは怒るかもしれない。

 だが、それも踏まえたうえで、いつか『僕』のほうから踏み出す時は来る。

 そのはずが、易鳥が妙なことを口走った。

「まあお前の本命は美玖だろうから、そこに割り込むつもりはないが」

「……はい?」

「何にせよ、頭数がいるんだ。だから、その……イスカも候補に数えておけ?」

 前々から勘付いていたことだ。

 おかしい。『僕』の与り知らないところで、妙な企てが動いている。

「易鳥ちゃんは母さんに何を吹き込まれたのさ?」

「だ、だから! いずれ結婚するだろう、と……イスカとお前はこうして、付き合ってるようなものだし? 何を今さら」


   僕「集合! 集合ーーーっ!」

   天使「君、いつの間に彼女と……いや、これで何人目だい?」

   悪魔「また勘違いってパターンじゃねえの? 責任はお前が取れよな」

   天使「まあラブホで『交際してない』とは言えないよね。今さら」

   悪魔「だよなー。既成事実はどうあれ、今さら」


 マギシュヴェルトでの記憶もタイムトラベラーばりに逆行してみたが、幼馴染みとの婚前関係なんぞに心当たりはなかった。

 しかし仮に、易鳥のほうは前々からそのつもりだったとすれば?

 魔法学校で『僕』が女の子とキャッキャするたび、彼女が怒っていたのも頷ける。

(綾乃ちゃんにあんなに苛立ってたのも……これ?)

 また、疑問はほかにもあった。

 お互い視線を反対方向へ向けたまま、手探りで会話を続行。

「あ、あのさあ? 結婚って普通、相手はひとりだと思うんだけど……易鳥ちゃん、さっき『頭数』とか言わなかった? あと『候補に数えろ』とか……」

「……あ。いやいやっ!」

 すぐ後ろで易鳥がじたばたする。

「それは言葉のアヤというやつで……そう、子どもの数だ! 十二人と結婚すれば、子どもも十二人! だろう? ふたりずつ産まれれば、二十四人で……うむ、論破だ」

 この話のどこにロジックを感じろというのか。

 もとより『僕』の疑問は何ひとつ解消されていないのだが。

(易鳥ちゃんと結婚……って、騎士団長の娘さんと? 喫茶店の息子が?)

 具体的な想像をするうち、何も言えなくなってしまった。

 『僕』とて混乱しているし、相手はセミヌードだけに動揺もある。結婚だの子作りだのと唆されて、意識せずにいられるわけがない。

「……………」

 またも沈黙が続く。ただ、先ほどのような重々しい雰囲気ではなかった。

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