第328話
美香留と美玖がしれっと答える。
「あれ? ミカルちゃんは知ってたけどぉ?」
「綾乃さんは美人だし、高校生じゃないのよ。彼氏がいるほうが普通でしょうが」
恋姫は参ったようにオデコを押さえた。
「そ、そうよね……考えてみれば、あの綾乃さんがフリーなわけ……」
「芸能人の彼氏なんて言われたら、気になる~!」
里緒奈はむしろ興味津々に。いささか『僕』が口を滑らせてしまったか。
「だから、僕が綾乃ちゃんの気を引きたくて……ってことはないんだよ。彼氏さんとも去年、ホビーショーのお仕事で仲良くなって、面識あるしね」
「芸能人で、ホビーショー? うふふ……ナナル、わかっちゃったかもしれないわ」
「あとでリオナにも教えて? ね?」
そんなわけで、『僕』と綾乃は単なる先輩と後輩の関係。
「そ、そうだったのか……」
易鳥は赤面しつつ、気まずそうに謝罪を口にする。
「イスカの勘違いだったみたいだ。すまなかったな、シャイP」
「気にしないでよ、易鳥ちゃん。だけど――」
再び『僕』はぬいぐるみの目線で彼女を見詰め、本音をぶつけた。
「易鳥ちゃんは僕にとって大切な幼馴染みなんだってことは、わかって欲しいな。誰より優先するとか、そういう単純な話じゃなくって……えぇと、まあ……うん」
「そこで締まらないのがにぃにぃデスねえ」
この気持ちを言葉にすることはできそうにない。
ただ、相手が幼馴染みだからこそ、曖昧な関係にこうも思い煩ったりするのだろう。依織の言葉を借りるなら『面倒くさい』が、かといって離れることもできない。
「だから、その……これからもよろしくね。易鳥ちゃん」
そんな言いまわしでも、多少は伝わってくれたのか。
易鳥は微笑むと、おもむろに唇を綻ばせた。
「ありがとう、お兄ちゃま。……ハッ?」
ぱりん、と何かの割れる音。
音の鳴ったほうでは、菜々留が恐ろしい形相でカップを握り締めていた。
「お、に、い、ちゃ、ま? ナナルの『お兄たま』より可愛い呼び方するなんて……ナナルへの挑戦状のつもりかしら……?」
普段は物腰の柔らかいお嬢様の背後に、仁王の影が立っている……だと……?
「ひいっ? な、なんだお前は……後ろのやつ! お前だ!」
易鳥が怯えるのも無理はない。
恋姫や里緒奈、美香留まで口々に天音騎士様を非難した。
「ここに来て、妹アピール? あなたも例の枠狙いじゃないの!」
「信っじられない……! お兄ちゃまよ、お兄ちゃま? あざとすぎっ!」
「だからミカルちゃんの言った通りっしょ?」
郁乃と依織は面白半分に手拍子を取り。
「「お兄ちゃまっ、お兄ちゃまっ」」
「~~~っ!」
幼馴染みの妹は真っ赤になって、ぬいぐるみの『僕』に八つ当たりを始める始末。
「かっ勘違いするなよ? 誰がお前の妹だっ!」
「ちょっ、ひ、ひっふぁらないふぇえ~!」
何とか『僕』は絞め技を抜け、易鳥にどうどうと言い聞かせた。
「ま、まあまあ……郁乃ちゃんや依織ちゃんは知ってることだし? 僕は易鳥ちゃんにどう呼ばれても、気色悪いとか思わないからネ」
「P君……それ、ひょっとしてフォローのつもりなんですか?」
恋姫の茶々は流すとして。
フォローのついでに、状況が好転したことも伝えておく。
「それからKNIGHTSのことだけど。一昨日のライブが話題になったってことで、もうしばらく様子を見ることに決まったんだ」
これには易鳥のみならず、郁乃と依織も胸を撫でおろした。
「そうか……」
「この夏の頑張り次第で、解散の話は白紙に戻せるからさ」
SHINYのメンバーは目を白黒させる。
「解散……って、そんなに追い詰められてたの? KNIGHTS」
事情を知っているのはマネージャーくらいのもので。
「ええ。今後はKNIGHTSも、SHINYと同じく兄さんがプロデュースすることになると思うわ。綾乃さんをサポートする形で」
「Pクンは平気なの? お仕事が二倍になるってことでしょ?」
ぬいぐるみの『僕』は胸を張る。
「そこは大丈夫だよ。むしろ楽しみっていうか……SHINYと合わせれば8人で、企画の選択肢が増えるし? やってみたいコスプレ企画もあって……むふふっ!」
嬉しさあまって、つい跳ねてしまった。
「易鳥ちゃんも美少女アニメみたいなスタイルだから、似合うと思うんだ~。まずはユニゾンヴァルキリーの敵キャラでしょ? 次はハイレグでレースクィーンもいいし……でもやっぱり、ケイウォルス学院のスクール水着? 白色だもんネ!」
さらにスキップも交え、幼馴染みのアイドルを見上げて。
「撮影に慣れてなくても、安心して? ちゃんと僕が練習に付き合うからさ。易鳥ちゃんの新しい魅力を、僕が自慢のカメラテクで――んばぶっ?」
次の瞬間、『僕』の脳天に易鳥の唐竹割り(チョップ)がめり込んだ。
「これだから――」
めり込んで、『僕』の身体がVの字に
「これだから、ぬいぐるみのお前は嫌――」
Vの字に折れながら墜落し、床でバウンドしたところを、さらに
「これだから、ぬいぐるみのお前は嫌なんだあーーーっ!」
必殺級の烈風じみた正拳突き。
「んぶっびゃらぶ!」
かつてない三段構えの演出と、三回にも及ぶダメージで、『僕』は昇天……。
易鳥は我が身をかき抱いて、怖気に震える。
「本当に何なんだ、お前は? 変身したら女子のフトモモだの、水着だの……っ!」
それを聞き、里緒奈たちは何やら納得。
「ああ……だからPクンに『変身するな』って、言ってたわけね」
「その気持ちはレンキにもわかるわ。まあ、変身してなかったらなかったらで、心臓に悪かったりするんだけど……」
リビングの隅っこで動かなくなった『僕』を、美香留と郁乃が突っつく。
「おにぃ、生きてるぅ?」
「え……ひいひいお婆ちゃん? ハジメマシテ……」
「そっちじゃないデスよ? にぃにぃ」
その『僕』を優しく、優し~く抱えあげたのは、菜々留。
「さあ、お兄たま? ナナルと一緒に行きましょうか。誰が一番可愛い『妹』か、ナナルがじっくり教えてあげる。う・ふ・ふ・ふ」
このまま白目を剥いてたら、本当に失神しないかなあ……ハ、ハハハ……。
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