第326話

 いやもう本当にプロデューサーとしての進退を覚悟した。

 この夏から教職に専念しようかと思ったほどだ。体操部とチア部もあるし。

 しかし『僕』の予想とは裏腹に、KNIGHTSのライブはあちこちで絶賛された。アイドルファンの交流サイトでも、称賛に次ぐ称賛だ。

『よく憶えてないんだけど、なんかスゴかった』

『気がついた時にはSHINYが乱入してたのよ。マジで』

 易鳥の暴走のせいで、ライブは滅茶苦茶。

 そのはずが、ぶっ飛んだステージだったおかげで、話題が独り歩きを始めており――また、ファンの大半が今日のライブを好意的に受け止めてくれたおかげでもあった。

 SHINYとKNIGHTSと言えば、レースゲームの配信動画が始まったばかり。ライブの余波でそちらの再生数も爆発的に上昇している。

 災い転じて福となす、というやつだ。

 けれども、それはあくまで表向きの話であって。

 マーベラス芸能プロダクションは案の定、大混乱に陥り、『僕』も責任者としてそれはもう走りまわる羽目になりましたとさ。

「……きゅう」

 二日後、寮のリビングにはひっくり返ったぬいぐるみがひとつ。

 メイドの陽菜が心配そうにソファーへ寝かせてくれる。

「大丈夫ですの? ご主人様」

「陽菜ちゃんは優しいなあ……うふっ、うふふ……」

 横目がちに呆れながら、マネージャーの妹はノートパソコンを叩いていた。

「近づかないほうがいいわよ? あなた。妊娠させられるから」

「あ……じゃあ、やっぱりお風呂で毎晩……」

「違うから! 一線は超えて……超えてない。うん、まだ超えてないからね?」 

「自信はないわけね。まったく」

 なんだかメイドさんの手つきがねっとりしてるような……。

 里緒奈たちも休憩ついでに集まってくる。

「Pクン、今日も学校に来なかったわね。プールで女の子と遊ばなくていいの?」

「里緒奈ちゃんは僕を何だと思ってるのさ? ほんの数日、女子高生とプールで遊んでないからって……ぜひっ、禁断症状なんて、出るわけ……」

「やっぱり変態じゃないですか!」

 しかしSHINYのメンバーのみならず。

美香留と一緒にゲームで遊び始めたのは、KNIGHTSの郁乃で。

「にぃにぃは一昨日の事後処理で大変だったんデスよ? ほんと」

 依織も当たり前のようにお茶を啜る。

「誰のか知らないけど、もらうね。このお茶」

「でしたら、また淹れてきますので。お待ちくださいですの」

 いつの間にやら客が増えようと、メイドの陽菜は少しも動じなかった。異常に慣れすぎると、こうなるよね……『僕』のせいなのか?

 そんなダラけきった雰囲気の中へ、ひとりだけ入ってこられずにいる。

 幼馴染みの易鳥は廊下から遠慮がちに居間を覗き込んでいた。いや無断で寮に侵入している時点で、遠慮も何もないのだが。

 郁乃が不審者に声を掛ける。

「易鳥ちゃんも入ってきたらどうデスか? にぃにぃに謝りに来たんでしょ?」

「そ、それはそうだが……タイミングが掴めなくて、その」

 易鳥はドアの隙間から半分だけ顔を出したり、引っ込めたり、また出したりした。

 痺れを切らせたらしい里緒奈と依織が、ふたり掛かりで引っ張り込む。

「Pクン相手に遠慮することないってば! ほらほら」

「ほんと面倒くさいでしょ。うちのリーダー」

「ま、待て! 心の準備くらい……!」

 それでも往生際の悪い天音騎士様は、リビングの床でびった~んとうつ伏せに。物理法則に屈する前に、諦めて歩けばよかったのに。

 よくできたメイドが、そんな珍客にも紅茶を振る舞う。

「易鳥さんもどうぞ。ご主人様のご実家からいただいた、お茶ですの」

 騎士団長の娘なのだから、易鳥とて一端のお嬢様だ。

「う、うむ」

 今度こそ客人としてソファーに腰を降ろし、悠々と紅茶を呷る。

「この香りは……カモミールか」

「エッ?」

 里緒奈が目を点にした。

「だめだよ、里緒奈ちゃん。易鳥ちゃんはこれでもお嬢様なんだからさ、これでも。紅茶くらい嗜んでるに決まってるじゃないか」

「にぃにぃ? 『これでも』って本音が二回も出ましたけど?」

 おっと……『僕』としたことが。

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