第324話

(やっぱ様子が変だぞ? 易鳥ちゃん……)

 そして彼女が歌い出した瞬間。

 『僕』と妹は反射的にシールドを張り、辛くも奇襲に対応できた。

「兄さん! これって」

「天音魔法だ! それも……易鳥ちゃんが全力で!」

 しかし魔法にまったく免疫のない綾乃は、シールドの中でも身体をふらつかせる。

「あ、頭が……ザワザワして……!」

「綾乃ちゃん?」

 里緒奈や恋姫、菜々留も少なからず影響を受けていた。

「頭ってゆーか、耳の中がゴロゴロする感じ? 痛くはないけど……」

「ナナルの耳にも入ってきてるわ、何か……これが易鳥ちゃんの魔法なの?」

 両方の耳を押さえながら、恋姫が『僕』に訴える。

「このままじゃお客さんが……! P君、シールドをもっと大きくしてください!」

「無茶言わないで!」

 と焦るのは、妹の美玖。

「さすがに会場の全域はカバーできないわ。……ううん、兄さんならできるんでしょうけど……それをやったら、もう誰にも止められなくなる……!」

 さすが妹、一瞬のうちに状況を見抜いていた。

 確かに『僕』が全力を出せば、会場の全体をシールドで保護できる。

 しかしそうなっては、あとは易鳥と『僕』の我慢比べとなる。易鳥の声が出る限り、もしくは『僕』の魔力が続く限り。

 単なる時間稼ぎにしかならないわけだ。

 スタッフも観客もすでに天音魔法の威力に晒されつつある。

「なっな、KNIGHTS! KNIGHTS!」

「KNIGHTSぅ! KNIGHTS!」

 ライブの爆音が届く範囲は、すべてが天音魔法の支配下。

 青空を経て、おそらく会場の外まで影響が広がっているに違いなかった。

「このままじゃ大騒ぎよ? 兄さん。ここにいるファンだって……」

「わかってるよ。早く何とかしないと」

 この会場でダイレクトに天音魔法に晒されている人間に至っては、後遺症が残る恐れまである。もはや一刻の猶予もない。

 ステージの上で、郁乃と依織は何やら重たいものに圧されていた。

「易鳥ちゃんっ? 何やってるんデスか、やめてください!」

「自棄にならないで……! き、聞いてるの?」

 易鳥の天音魔法を制御しようと頑張ってくれているらしい。しかし易鳥が天音魔法を強化すると、ふたりのほうが逆に制御下に置かれる。

「邪魔をするなっ!」

「あうぅ?」 

 ふたりを増幅器として、易鳥の天音魔法はますます威力を高めた。

「このコンサートは絶対に成功させなくてはならんのだ! そう、絶対に……!」

 上空に魔力の波紋が広がる。

 それは空が鼓動を打つように聞こえた。

 美玖とともにシールドを張りながら、『僕』は会場を見渡す。

「と、とにかく音源を……スピーカーを全部止めるんだ!」

「そんなこと言ったって、誰があそこまで行くのよ?」

 当然、里緒奈や恋姫ではシールドの外へ出るに出られなかった。易鳥の歌声を耳にするだけで、KNIGHTSの狂信者になってしまうだろう。

「ねえ、おにぃ? そんなにヤバいの?」

 ところが、後ろの美香留だけは平然としている。

 『僕』も美玖もはっとした。

「美香留ちゃん? ……そうか! 美香留ちゃんには魔法の資質がないから」

「シールドに関係なく効かないんだわ!」

 美香留は魔法の素質がゼロのおかげで、こういった『魔法による精神操作』の影響を一切受けない。易鳥の天音魔法も、美香留にとっては音量が大きいだけの歌声だ。

「美香留、あなたはスピーカーを止めて! 壊していいから!」

「オッケー!」

 美香留は軽いノリでシールドの保護下を外れ、スピーカーへ迫っていく。

 それに気付いたらしい易鳥が、さらに魔力を強くした。

「させんぞ! この妹モドキめ!」

 波紋が二重、三重と広がり、コンサート会場の端まで天音魔法を行き渡らせる。

 ファンは喉も涸れんとばかりに熱狂した。

「KNIGHTS! KNIGHTS! KNIGHTS!」

 誰しも立ちながらにして、目をまわしている。完全にラリっている。

(やばいぞ、これ……美香留ちゃん、急いで!)

 幸いにして美香留は脚が速かった。すぐにもひとつめのスピーカーを電源から引っこ抜き、易鳥の天音魔法を弱める。

 しかしコンサート会場が設備として内蔵しているスピーカーは、力ずくで止めようがなかった。制御室のほうで操作するほかない。

 里緒奈が顔つきを引き締めた。

「Pクン。要は大きな音で対抗すればいいんでしょ?」

「う、うん。そうだけど……まさか?」

 シールドを張るだけで精一杯の『僕』は、ぎょっとする。

「行くわよ、恋姫、菜々留っ! ステージに乱入してやろうじゃない!」

 そんな里緒奈に呼応して、恋姫と菜々留も駆け出した。

「P君も一緒に来てください! シールドをお願いします!」 

「美玖ちゃんもね。頼りにしてるわ」

 慌ててあとを追いかける、魔法使いの『僕』と妹。

「ま、待ちなさいったら! 下手に近づいたりしたら……あー! もうっ!」

「ごめん、綾乃ちゃん! 我慢してて!」

 SHINYが乱入するのを、カメラが捉える。

 ステージにて、SHINYとKNIGHTSの決戦が火蓋を切った。

「なんのつもりだ? お前たち」

「こっちの台詞よ! そっちの好きにはさせないんだから!」

 奇しくもメンバーの頭数は、どちらも三人。

 しかし郁乃と依織は『僕』たちに味方して、易鳥に抵抗する。

「イクノちゃんたちで押さえるデス! SHINYはこれで邪魔を!」

「共同戦線だね。任せるよ」

 ふたりはインカムのマイクを外すと、『僕』たちへ投げて寄越した。それを菜々留と恋姫が受け取り、耳と口に当てる。

「菜々留、里緒奈! レンキの歌に合わせて!」

「ええ! わかったわ!」

 SHINYでは断トツの歌唱力を誇る恋姫が、高らかに歌い始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る