第323話

 青空のもと、大勢のファンが観覧席を埋め尽くしている。

「さすがKNIGHTSね。大した人気だわ」

 そう呟きながらも、妹の美玖はどこか冷めた表情だ。

「今の今まで、KNIGHTSは天音魔法でお客さんを魅了してきたわけだからね」

 満員御礼の光景は、プロデューサーの『僕』とて素直に喜べなかった。

 易鳥の率いるKNIGHTSは歌唱力こそ本物だが、アイドルとしての人気は天音魔法で強引に集めている。

 ファンは天音魔法の影響を受け、ライブの間は興奮し、熱狂する。

 言ってしまえば麻薬みたいなものだ。

 自覚が足りなかったとはいえ、易鳥はファンを騙していたことになる。

「でもP君、易鳥たちはもうライブで魔法は使わないんでしょう?」

「そのはずだよ。今日は天音魔法に頼らない、初めてのライブらしいライブなんだ」

 しかし本日のコンサートより、KNIGHTSはありのままの実力でステージに立つのだから。『僕』はSHINYの皆とともに息を飲む。

 KNIGHTSが本来の力では通用しない可能性はあった。

 いくら宍戸直子に稽古をつけてもらったとはいえ、まだ半月程度のもの。多少は素人臭さが抜けたという段階に過ぎず、ステージに立つにはあまりに早すぎる。

 もちろん、そんなことは『僕』も綾乃も承知のうえだ。

 だからこそ、特に綾乃は今日のために手を尽くし、万全の体勢で臨んでいる。

 KNIGHTSのメンバーも腹を括っているだろう。郁乃にしろ依織にしろ、誉れ高い天音騎士団の一員なのだ。本番に強いところはある。

 しかしリーダーの易鳥に不安があった。

 昨日は『僕』と喧嘩をしたばかりで、郁乃の話からしても相当、調子を乱している。

 そんな状態で、アイドルのステージをやりきれるだろうか。

 失敗した場合は『僕』が責任を取る――と言っても、それでライブをやりなおせるわけではない。一発勝負は一発勝負だ。

 現場のスタッフは一様に緊張感に包まれている。

 仮免プロデューサーの綾乃も、大舞台に気負いまくっている面持ちだった。

「あっ、おはようございます。シャイP」

「準備のほう、任せっきりでごめんね。KNIGHTSのみんなは?」

「控え室でスタンバイしてもらってます。その……今日は易鳥さんが、少しナーバスになってるみたいでして」

 不安げな綾乃の言葉に、ぎくりとする。

(そりゃ昨日の今日だもんなあ……)

 一方で、事情を知らない里緒奈たちは首を傾げた。

「あの易鳥ちゃんが? こういう時は燃えそうなタイプなのに?」

「P君、昨日は易鳥と一緒だったんですよね? 元気づけてあげなかったんですか?」

 恋姫がぎりぎりのところを掠めてくる。

「そ、それは……」

 口ごもる『僕』の反応を見て、妹はやれやれと嘆息した。

「さては兄さん、また何かやらかしたのね?」

「ちょ、ちょっと待ってよ、美玖? その『また』って何さ?」

 里緒奈と恋姫があとずさる。

 なのに口を開いたのは美香留で、

「またコスプレ無理強いしたのぉ? あ、セミヌードの撮影だっけ?」

「なんで美香留ちゃんがそれ言うのっ? 里緒奈ちゃんか恋姫ちゃんの台詞だよね? あと、美香留ちゃんまで『また』ってどーゆーこと?」

「Pくん、セミヌードの撮影って部分に心当たりはないのかしら」

「それは多分、桃香ちゃんの……ハッ?」

 菜々留の誘導尋問によって、『僕』はまたしても墓穴を掘ってしまった。また……。

「この間ね、桃香さんにアルバム見せてもらってぇー。おにぃってば、あんなカッコさせて、しかもあんなアングルで撮っちゃうんだ? ふぅーん……」

「それ、リオナも見たことある! マジ引くよねー」

 MOMOKAとの個人的な撮影会(略して個撮)は至って健全なんだけどなあ……そこんとこ、SHINYのメンバーに理解してもらえませんかね。

 妹が辛辣にまとめる。

「要するに兄さんが易鳥を怒らせたってことね。易鳥がこっちの世界に疎いからって、ラブホテルにでも連れ込もうとしたんでしょう」

「違う、違う! ラブホに行きたがったのは易鳥ちゃんのほうで……ハッ?」

 恋姫が脳天割り(垂直方向のチョップ)の素振りを始めた。

「うん。この角度ね」

 もはや美香留も信用できないため、ぬいぐるみの『僕』は綾乃の背中に隠れる。

「そそっ、そんなことより! 問題はKNIGHTSのことで……」

「あぁ……自分が易鳥ちゃんを怒らせちゃったものだから、Pくん、今日のコンサートが気になって仕方ないのね? うふふ」

「うぐ」

 菜々留の手心があるようで容赦のない分析が、一番効いた。

 『僕』に盾にされたまま、綾乃が肩を竦める。

「原因はシャイPとの痴情のもつれでしたか……。新人の私が言うのも何ですけど、プロデューサーなんですから、そのあたりは自重していただかないと」

「も、申し訳ございません……」

 後輩からの評価が、この数分のうちに地の底まで下がってしまった気がした。

(痴情のもつれってわけじゃないんだけど)

 ケータイで郁乃や依織にメッセージを送っても、返信はなし。本番を直前に控え、ステージ衣装の恰好でスタンバイしているのだろう。

 やがて開演の時間となり、青空にアナウンスが響き渡る。

 『僕』たちも隅っこで守る中、KNIGHTSの野外ステージが幕を開けた。

 易鳥を中心に依織、郁乃も登場すると、盛大な歓声が巻き起こる。

「うおおおおーっ!」

 両サイドの郁乃と依織は手を振って応じた。ファンサービスのイロハも宍戸直子から教わったはずで、前回のライブよりも動きが大きい。

「今日は来てくれて、ありがとー!」

「イオリも頑張る。最後まで聴いてくれると、嬉しい」

 にもかかわらず、センターの易鳥は微動だにしなかった。

「……………」

 黙りこくったまま、オープニング曲の前奏を待つ。

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