第322話

 しかし優先順位で怒るのなら、郁乃たちとデートした時にもっと怒っているはずで。

「えぇと……意見があれば、ぜひ……」

 情けないと思いつつも助言を待っていると、ふたり分の溜息が返ってきた。

『喧嘩の原因、イクノちゃんにはなんとなくわかりますけど……』

『同じく。まあ8割がた、あにくんのせいだね』

「え? や、やっぱり?」

 さらに溜息が重なる。

『やっぱりと言うからには一応、自覚はあるんデスね? はあ』

『けど、その自覚のベクトルがズレてるんだよ。あにくんの場合。易鳥が体育座りで呪詛を唱えてるのも、そのズレが原因』

 ふたりが何を言っているのか、まるで掴めなかった。

「それって、どういう……?」

 首ばかり傾げていると、依織に切りあげられる。

『悪いけど、イオリたちに言えるのはここまで。あとはあにくんが自分で考えて、悩んで、ちゃんと答えを見つけるべきだと思うから』

『イクノちゃんとしては、このままでも構わないんデスけど。それはそれで、にぃにぃと距離ができちゃいそうデスし?』

 郁乃も具体的なアドバイスはせず、気休めを言うに留めた。

『にっちもさっちも行かなくなったら、フォローはしてあげるデス』

「ありがとう、ふたりとも」

 『僕』は電話を切り、ベッドの上で仰向けになる。

「とにかく明日のライブだ。KNIGHTSのステージを見届けないと……」

 その後、いつ眠りに落ちたのかは憶えていない。


                  ☆


 翌日の日曜は、朝からSHINYの活動で大忙しだ。

 里緒奈や恋姫、菜々留は当然のこと。新メンバーの美香留やキュートもSHINYの空気に馴染んで、しっかり役目をこなしてくれる。

「週末もお仕事だなんて、いかにも人気アイドルって感じ! よねー」

「ごめんね、里緒奈ちゃん。お休みも確保しておくから」

「気にしないでください。P君がちゃんとサポートしてくれてるの、知ってますので」

 今のところは疲労感と充実感のバランスも取れていた。

 充実感――仕事にやりがいを感じることは、絶対に欠かせない。それこそが体力面でも精神面でもモチベーションに直結するのだから。

 しかし仕事で適度に疲れることも、『僕』は必要だと考えている。

 疲れないことには、休めないからだ。

 また、ほどよい疲労は達成感(充実感)を高めるし、ほどよい休息はモチベーションとコンディションを整えてくれる。

 そうやって波を描きながら、健康かつ健全なバイオリズムを保つこと。アイドル活動において、プロデューサーの『僕』は常にそれを意識している。

 極端な言い方をすれば、『仕事の時さえ上向いていたらオーケー』なのだ。

 ゆえに仕事が終わったら、SHINYのメンバーもリラックス。

「また明日ね、お兄ちゃん! ばいばーい!」

 キュートが名残惜しそうに手を振り、その割には大急ぎで去っていく。

「相変わらず慌ただしいわね、あの子は……いつものことだけど」

「なんだかんだで恋姫ちゃんも、キュートちゃんと打ち解けたんじゃない?」

「ええー? ミカルちゃんはキュート、まだ苦手ぇ~」

 あと三分もすれば、マネージャーが涼しい顔で戻ってくるだろう。

 菜々留がケータイで時刻を確認する。

「帰ったら三時過ぎ……ちょっと中途半端な時間ね。みんなで買い物でもどうかしら」

「う~ん……日曜のお昼に、今からお出掛けっていうのもねー」

 その提案に里緒奈が乗り気になれないのも、わかる話だ。

 本日の仕事は終了。

 せっかくの日曜日なのだから、遊びたい。

 しかし遊べるだけの時間はないわけで。

「無理に出歩くことないわよ。お夕飯の材料だけ買って、まっすぐ寮に……」

「お夕飯なら陽菜ちゃんがいるでしょう? Pくん専属のメイドさんが」

「そーよねー? Pクンってば毎朝、メイドさんに起こしてもらってるんだっけ?」

「ひ、陽菜ちゃんを雇った件なら、説明したでしょ?」

 毎度の疑惑に辟易としつつ、『僕』はスケジュール帳を開いた。

「……っと、みんなは先に帰ってて。僕はKNIGHTSのライブに行くから」

「え? 今から?」

 興味津々に里緒奈が脇からスケジュール帳を覗き込む。

「それ、リオナたちも行っていい? 席とかなくってもさあ、ほら」

「見学ってこと? 隅っこで観るだけになるけど、いいの?」

 プロデューサーの『僕』は難色を示すも、美香留や菜々留も乗ってきた。

「KNIGHTSも秘密の特訓でパワーアップしてるんっしょ? ライバルの成長ぶりはミカルちゃんも気になるってゆーかぁ」

「邪魔にならないのなら、応援に行きたいわ」

 そこへ妹が戻ってきて、ずっと聞いていたように会話に加わる。

「KNIGHTSのライブ? ミクは行くわ。あの易鳥のことだもの……また天音魔法を使わないとも限らないでしょ」

「みんなが行くなら、レンキも……」

「ひとりで先に帰ったって、寂しいものねえ? うふふ」

「わかったよ。じゃあ行こうか」

 結局、全員でKNIGHTSのライブコンサートへお邪魔することに。

 コンサート会場まではシャイニー号でひとっ飛び。

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