第321話
「社長から話が来たんだよ。KNIGHTSは限界だ、何とかできないか、ってさ」
「そうか……」
ボンゴレを食べるのも忘れ、易鳥は固唾を飲む。
「けど、僕はSHINYを支えなくちゃいけないし、MOMOKAのプロデュースだってある。だから、KNIGHTSは綾乃ちゃんに任せようと思うんだ」
その名前に幼馴染みの顔色が変わった。
「い、いや待て……あいつは今年の春に入ったばかりの新人だと聞いたぞ?」
後輩を侮るような物言いに、『僕』は心ならずもムッとする。
「VCプロで働いてたんだから、キャリアは易鳥ちゃんよりあるよ。それに……なんていうか、彼女には才能があるんだ。僕はそれを伸ばしてあげたい」
そう返すと、易鳥のほうも眉をひそめた。
「なんだ、それは……まるでイスカがお荷物みたいな言い方じゃないか」
「そこまでは言ってないよ。とにかく易鳥ちゃんには、彼女を信じて欲しいんだ」
お互いが視線で圧を放つ。
「正直に答えろ。イスカはお前にとって何番目の存在だ?」
「順位なんて決められない。みんな大事なんだからさ」
『僕』とて譲れないものはあった。
KNIGHTSのため、綾乃のため――何より目の前の幼馴染みのために。
易鳥にもアイドル活動の楽しさを知って欲しい。かけがえのないファンを大切にして欲しい。それが言葉では伝わらないことがもどかしかった。
話せばわかりあえるなどという常套句は所詮、単なる方便だ。
現実にはむしろ、生半可な言葉こそが壁となる。
「イスカはお前の幼馴染みなんだぞ……」
幼馴染みは俯くと、思い出したようにボンゴレを食べだした。お嬢様らしくもなく音を立て、ラーメンのようにすする。
「い、易鳥ちゃん? そんなに慌てて食べなくても……」
「むぐむぐ……お前には、あむっ、関係ないだろ」
一分と掛けずに残りを平らげると、易鳥は口元を大雑把に拭った。
「アイドル活動もそうだっ。お前がやってたから、試しにイスカもやってみただけで、別に興味はなかったんだ。9月で終わるなら、それで構わん」
そして席を立ち、ひったくるように伝票を回収。
「約束通り、ここは払っておいてやる。じゃあな、フヌけた勇者殿」
「えっ? ま、待ってよ易鳥――」
呼び止める暇もなかった。
デートの相手は去り、周囲からの奇異の視線だけが『僕』に残される。
(まずい……易鳥ちゃんを怒らせちゃったぞ?)
今になって罪悪感が込みあげてきた。
幼馴染みの易鳥とは過去にも一度、このように拗れたことがある。
(あの時は確か、僕が美玖に掛かりっきりだって誤解されたんだっけ……)
『僕』とて彼女をないがしろにしたつもりはなかったため、随分と長引いた。
今回も『僕』に非はなかった……とは思う。ただ、言葉は足らなかったかもしれない。
「参ったな……KNIGHTSは明日、ライブだっていうのに、でもさっきの話、ライブのあとじゃ遅いしなあ……」
KNIGHTSに危機をもたらしてしまった。
その負い目が『僕』の足取りを重くする。
☆
寮に帰ってからも『僕』は不甲斐なさに打ちのめされる。
「怒らせちゃったか……」
おそらく『僕』の何らかの発言が彼女の神経を逆撫でしたのだろう。
易鳥は短気ではないものの、昔から融通の利かないところがあった。ただ、間違っても自分勝手なことでへそを曲げる真似はしない。
だからこそ、幼馴染みがあれほど怒る理由がわからなかった。
喫茶店での彼女の台詞を思い出す。
『なんだ、それは……まるでイスカがお荷物みたいな言い方じゃないか』
『正直に答えろ。イスカはお前にとって何番目の存在だ?』
『イスカはお前の幼馴染みなんだぞ……』
彼女は自分があとまわしにされている、と感じたのかもしれない。
しかし少なくともプロデューサーとして『僕』は、KNIGHTSもSHINYと同格に扱っているつもりだ。
進退窮まりつつあるKNIGHTSのため、打てる手も片っ端から打っている。
なのに易鳥は苛立ち、早々と帰ってしまった。
「言い方が悪かったのかなあ……」
『僕』はデートの恰好のまま、ケータイに視線を落とす。
KNIGHTSの郁乃や依織に相談しようか。
しかし易鳥が怒った理由もわからないのに、その友達を『フォローしておいて』と頼りにするのも情けない話だ。
最悪、郁乃と依織まで喧嘩に巻き込む恐れがある。
もう少し様子を見るべきか、けれども明日はKNIGHTSのライブだ――。
などと頭を悩ませていると、まさに郁乃から電話が掛かってきた。
『もしもし、にぃにぃデス? 今日のお昼、易鳥ちゃんとデートしてましたよね?』
「うん、まあ……映画観て、スパゲティ食べたくらいだけど」
『何かあったんデスか? 易鳥ちゃん、ずっとお部屋で三角座りしてるんデス』
観念し、『僕』は洗いざらいを白状する。
「実はさっき――」
向こうからは郁乃のほか、依織の気配もあった。こちらの声を外部に出力して、ふたりで一緒に聞いているらしい。
一通り話し終えると、その依織が割り込んでくる。
『つまりあにくんは、これくらいのことで易鳥が怒ったから戸惑ってる、と』
これくらいのこと。
そう、『僕』にとっては『その程度のこと』なのだ。
「その……こんな言い方はマズいと思うけどさ? どうして易鳥ちゃんがあんなに怒ったのか、見当がつかなくって……」
天音騎士様のプライドを少し傷つけただけ。
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