第320話

 これまでにもSHINYのメンバーとデートはしてきたが、映画館には行ったことがなかった。里緒奈いわく『相手がいるのに黙って映画って、なくない?』とのこと。

 デート向けの映画が上映されていないせいもあった。

 女子レスラーが婚活のため銀河のマッチョと戦う話(宇宙屈指さをサラスBODY)など、恋姫あたりは怒るだろうし。

 しかし先週、話題のアクション巨編が公開されたばかりだ。評判も上々。

 映画館にて、『僕』は手早く目当てのチケットを購入する。

「ん? お金が要るんだろ?」

「ここは僕が出しとくよ。易鳥ちゃんは喫茶店で奢ってくれれば、さ」

「そうか? なら映画はご馳走になるとしよう」

 ジュースやポップコーンもあったが、映画が始まったら持て余す気がするので、見なかったことに。

「ほかにもお客さんがいるから、静かにね」

「ここは劇場なのか?」

 映画館も英語でシアターというため、易鳥の発想はあながち間違っていなかった。

 すでに大勢の客が席につき、上映を待っている。

「僕たちの席は……あぁ、ここか」

 座ってからも、易鳥はきょろきょろと館内を見渡してばかりいた。

「な、なんだかすごそうだな? 気配でわかるぞ……」

「びっくりするよ、きっと」

 初めて観音玲美子のコンサートに行った時の『僕』と、同じ反応だ。

 やがて館内の照明が落ち、スクリーンに映像が浮かびあがる。

「……!」

 隣の席で、易鳥は瞳をきらきらと輝かせた。

 時折膝をさすったり、息を飲むのは、興奮しているからだろう。

 話題のアクション映画も面白く、いつしか『僕』もスクリーンに魅入られる。


 一時間四十分が過ぎてみれば、あっという間だった。

 易鳥が身体も声も弾ませる。

「これはすごいぞ! なるほど、これが映画か! ハハハッ!」

「面白かったね。……と、喉が渇いたなあ」

 興奮冷めやらないうちに『僕』たちは映画館を出て、手頃な喫茶店へ。

 ちょうどランチタイムに当たってしまったが、運よく窓際の席を確保する。

「今度はイスカがご馳走する番だったな。好きなものを頼んでいいぞ」

「えーと……じゃあ、僕はボロネーゼにしようかな」

「イスカも……いや、イスカはボンゴレで」

 ふたりとも昼食はスパゲティに。

 スパゲティが来るまで、『僕』たちは映画の感想で盛りあがる。

「最初は困ったんだ。あんなに音が大きくては、天音魔法が使えないだろう?」

「その感想は予想になかったよ」

 それが一段落する頃には、ボロネーゼとボンゴレが出揃った。

 易鳥が俯きがちに声を潜める。

「なあ……スパゲティって、音を立てて食べてもいい……よな?」

「ど、どうかな? みんなは……あぁ、大丈夫そうだ」

 隣のテーブルで女子大生のグループがずるずるやっているので、よしとした。

 幼馴染みの易鳥は『僕』に対してフランクだが、天音騎士団・団長の娘だ。それなりに王侯貴族と交流があるし、城にも出入りする。

 お嬢様なのだ。

 お茶仲間とテラスで歓談するより、馬で草原を駆けまわるタイプの。

 そんな易鳥が食事の手を休め、何やら神妙な顔つきになる。

「……今だからこそ思うんだが」

 『僕』のほうも姿勢を正し、その続きに耳を傾けた。

「僕に隠し事はなしだよ、易鳥ちゃん。何でも相談して欲しいな」

「そのつもりだとも。で……思ったんだ」

 彼女の手がおもむろにフォークを持ちあげる。

「お前は経験にないか? レストランでどちらを食べるか悩んで、片方に決めたあとで、もう片方がやたらと気になってしまうという……うむ」

 あんぐりと口を開ける『僕』。

「……何の話?」

「だから自分にはボンゴレがあるのに、お前のボロネーゼを見てると……こう、本当はボロネーゼが食べたかったんじゃないかと。そういう話だ」

 KNIGHTSの面々に問い合わせたくもなる。

僕『ちょっと! 易鳥ちゃんがアホから成長してないんだけど? なんで?』

郁乃『イクノちゃんの苦労がにぃにぃにもわかってもらえて何よりデス』

依織『言いたいことはよくわかるからスルーもできない、あれでしょ。すごい面倒』

「待て待て! 直接こっちに言えっ!」

 当面KNIGHTSに関わることになる綾乃が、心配になった。

 けれども切り出さないことには始まらない。

「そろそろ本題に入ろうか。易鳥ちゃん、KNIGHTSの件だけど――」

 実のところ、マーベラス芸能プロダクションの中でKNIGHTSは厳しい状況に追い込まれつつあった。

 ライブコンサートこそ(魔法で)大成功を連発するものの、それ以外のアイドル活動はあってないようなもの。CDにサインのひとつさえしたことがない。

 それをファンが『音楽性の高いミステリアスなグループ』と好意的に解釈してくれたおかげで、今までのところは売り上げを維持できている。

 しかしあまりに露出が少ないことから、ファンも徐々にKNIGHTSの異常さに気付き始めていた。

 またマーベラス芸能プロダクションも、KNIGHTSの特異性を持て余してしまっている。KNIGHTSの企画はどれも頓挫しており、ベテランも匙を投げたほど。

 『僕』は重々しい口を開く。

「易鳥ちゃんはリーダーだから話しておくけど……このままだと、KNIGHTSは9月いっぱいで解散になるんだ」

 さしもの易鳥も表情を硬くした。

「な……なんだと?」

 何でもかんでも魔法で誤魔化してきたツケだ。

 そして、これは『僕』にとっても他人事ではない。『僕』も魔法だけに頼っていたら、SHINYは素人のグループから脱却できなかったに違いないのだから。

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