第319話

 そして学校やらレッスン、アイドル活動を経て――。

 土曜の朝、『僕』は人間の姿で外出の支度を整えていた。

「あれ? Pクン、なんで変身解いてるの?」

「易鳥ちゃんと会うからだよ。言わなかったっけ?」

 幼馴染みの易鳥とは基本的に本来の姿で会うことになっている。

 里緒奈は訝しげに呟いた。

「ふぅーん……易鳥ちゃんと会う時だけ、ねえ」

「魔法学校はこっちの姿で通ってたから。それだけだってば」

 『僕』はトートバッグを肩に掛け、玄関で靴を履く。

「Pクン? 鞄はもっと背中にまわしたほうが、自然な感じになるわよ」

「そう? 里緒奈ちゃんが言うなら」

 メンズのファッションに関しては疎いため、こういうアドバイスは有難かった。

「じゃあ行ってくるよ。里緒奈ちゃんは今日の補習、忘れずにね」

「は~い。んもう……」

 少し早めに寮を出て、待ち合わせの駅前へ。

(この恰好でよかったかなあ……)

 人間の姿で女の子と出歩くことで、多少なりとも『僕』は服を意識するようになった。しかし今日の相手は易鳥のため、あまり着飾っていては怒られるわけで。

『なんだ、お前! そんなチャラチャラした恰好で、恥ずかしくないのか?』

 かといって面白みのない恰好でも、へそを曲げられる気がする。

『お前なあ、一緒に歩くほうの身にもなってみろ?』

(こっちは顔に自信ないし、せめて服くらいはと思うけど……う~ん)

間もなく『僕』は駅前へ到着した。

 時計台の下で幼馴染みの易鳥が待っている。

「易鳥ちゃん! 早いね、まだ十分くらいあるの、に……」

「む? あぁ、お前か」

 そこまでは『僕』も平静でいられた。

 ところが易鳥のお出掛けスタイルを目の当たりにして、言葉の続きを忘れる。

「……」

 本日の幼馴染みは週末の街並みに驚くほど溶け込んでいた。

 あの凛々しい天音騎士様がガーリーチェックのワンピースで。姿勢のよさも相まって、抜群の魅力を醸し出している。

 艶やかなロングヘアにも可憐なリボンがひとつ。

「ど、どうした? ……やっぱり変か?」

 不安そうに易鳥があとずさったことで、『僕』は我に返る。

「そっそんなことないよ! すごく似合ってて……びっくりしたっていうか」

 幼馴染みの顔がみるみる赤く染まった。

 それでも『僕』の前では強がり、踏ん張ろうとする。

「だ、だろう? コーディネイトは依織たちにも手伝ってもらったんだが……うむ」

「昨夜は遅くまで付き合わされちゃったよ、ふたりに。ゲームで」

 期待めいた緊張感で胸を高鳴らせながら、『僕』は彼女と一緒に歩き出した。

「ゲーム? 郁乃が言ってた、あれか」 

「郁乃ちゃんが罠を張るの、上手くてさ。参った、参った」

 KNIGHTSのメンバーを共通の話題に、週末の解放感を満喫する。

 長かった梅雨も明け、いよいよ夏の暑さが存在感を増しつつあった。道行くひとは大半が涼しげな半袖で、女子の足元にはミュールやサンダルも目立つ。

 易鳥もヒールが高めのミュールだ。

(お城のパーティーで、靴が無理とか言ってたのになあ)

 幼馴染みの成長ぶりにまたも感心させられる。

「と……暑いし、どっか入ろうか」

「ああ。らぶほで休憩するんでもいいぞ」

 すれ違いざまに奥様がたがぎょっとした。

 『僕』は腹を括り、無垢な幼馴染みにラブホテルについて説明する。

「……あのね、易鳥ちゃん。ラブホっていうのは――」

 数分後には、『僕』の隣で湯気がたなびいていた。

「~~~っ!」

 易鳥は顔を真っ赤にして、猛烈な恥ずかしさに打ちのめされる。

「ななっ、何が愛の寝床だ……てっきり旅館か、喫茶店のことかと……」

「べ、勉強になったね」

 意味を知らなかったとはいえ、彼女は今の今まで『僕』に『合体するぞ』と要求していたようなもの。おかげでお互い気まずくなる。

「そ、それはそうと、KNIGHTSの今後についてだが……」

「そうだね。今日はそのことを相談するのが、目的で」

 今すぐ仕事の案件、という流れでもなかった。

 気を取りなおして、『僕』は幼馴染みに投げかける。

「せっかくの休日だし、ふたりで出掛けるのも久しぶりだし。易鳥ちゃんはどこか行きたいところってないかな? 僕でよければ、付き合うからさ」

「うぅむ……なら、あれが観たいぞ」

 観るものと聞いて、ぴんと来た。

「映画?」

「それだ。観ようにも、マギシュヴェルトでは手段が限られるからな」

 文明レベルは中世ヨーロッパくらいだを地で行くマギシュヴェルトも、昨今はこちらの世界から色々と調達しており、デジタルカメラなどもある。

 しかし通信を要するものはラジオくらいで、テレビやネットは普及していない。

 つまり『映像を観る』タイプの娯楽はまだまだマイナーで、映画は一部の愛好家がわずかに楽しむ程度だ。

「こっちに来て、まだ観てないの? 郁乃ちゃんと依織ちゃんも?」

「ふたりもないはずだぞ。その……前に一度、どらま? の仕事が来たんだが、依織さえわからん始末でな。ちゃんと観ておこうかと」

「じゃあ一緒に観ようか。今から行けば多分、間に合うし」

 『僕』も乗り気になって、易鳥と映画館へ急ぐ。

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