第317話

 一方で、妹の美玖は不機嫌そうにむくれていた。

「ほら、美玖も。カメラの前だぞ?」

「わ、わかってるってば。ちゃんとやるから、兄さんも前見て」

 『僕』が正面を向くと、スタッフの間で歓声が起こる。

「おおお~っ」

(え? そんなに美玖の笑顔が……?)

 しかし再び『僕』が隣の妹を見た時には、仏頂面しかなかった。

「何よ? こっち見ないで」

 この声色は……ツンデレなどと茶化そうものなら、マジ切れされるやつだ。

(まあいいか。写真で確かめれば)

 その後も『僕』の視界の外で、妹は柔らかく微笑む(微笑んでいるらしい)。おかげでカメラマンたちも調子を上げ、企画はつつがなく進行。

 続いてPVの撮影へ。

 青い空、青い海。真っ白な教会の下で、『僕』たちは愛を誓うことに。

「ご兄妹なら、もっとくっついても平気っすよね? シャイP」

「エッ? それは、その……妹次第といいますか」

 ここぞとばかりに里緒奈が名乗りをあげた。

「だ、だったら! PVからはリオナがやったげよっか? Pクン」

 それを恋姫が慌てて制する。

「ちょっと、里緒奈? ヤブヘビになったらどうするの」

 その言葉を聞いてか、聞かずしてか、美玖の腕を組む力が俄かに強くなった。

「時間もないんだから、ミクがやるしかないでしょ」

「あらあら……リオナちゃんたら、もう」

 『僕』と美玖は華やかな新郎新婦の出で立ちで、初夏の陽光を浴びる。

(妹だけど、もし美玖と結婚したら……こんな感じなのかなあ)

 さながらSHINYのメンバーは新婦の招待枠で。

マーベラスプロの仕事仲間も集まり、バージンロードを祝福してくれるのだろう。

 監督が里緒奈のスケッチブックを借り、指示を出す。

『シャイPならしっかり鍛えてるし、できるんじゃない? 横抱き』

 それくらいなら、と『僕』は花嫁の背中に腕をまわした。

「え? 兄さん?」

「持ちあげるぞ。じっとして」

 美玖がきょとんとするうちに、もう一方の腕で膝の裏からもすくいあげる。

「あ~~~っ!」

 SHINYの三人が指を指してまで、悲鳴をあげた。

 花嫁も赤面し、じたばたともがく。

「お、降ろしてったら! へ……変態! 変態、変態っ!」

「動くなって。すぐ降ろすから」

 しかし小柄な妹が暴れたところで、『僕』にとっては軽いもの。

 天音騎士様が悔し紛れに踏ん反り返る。

「ふ、ふんっ! イスカだってお前の妹を抱えあげるくらい、できるんだからな?」

「すみません、撮影中なんでお静かに……」

 とにもかくにもお仕事だ。

 妹も仕事と割りきり、『僕』の首に腕をまわす。

 けれども顔はカメラに向けたままで、

「あ、あとで記憶を消しといてよ? 消えてなかったら、忘れるまで殴るから」

「魔法使いがそういう物理攻撃に頼るの、どうかと思うぞ」

 兄妹なのに、仕事なのに、何をそんなに戸惑うことが――と『僕』は首を傾げる。

 しかしカメラワークを想像して、はっとした。

(……ん? これって、兄妹というより恋人同士の……)

 時すでに遅し。

 『僕』は妹を横抱き……いやいや、お姫様抱っこしているわけで。

「シャイP、表情! 薄ら笑みになってますって!」

「ハ、ハハハ……」

 海辺の教会で、妹と挙式。

(監督が横抱きって言うから! お姫様抱っこって言わないから!)

 妹の温かくて柔らかい感触が『僕』をどぎまぎさせた。


                  ☆


 ブライダル企画の収録を終え、S女へ戻る頃には放課後だ。

 ぬいぐるみとなった『僕』は、女の子だらけの校舎の中を逃げまわる。

「タスケテーーーッ!」

「今日は絶対に逃がさないわよ! 兄さんっ!」

 その後ろを、妹が鬼気迫る表情で追いかけてきた。炎の剣なんぞを携えて。

「それ、ファンタジー編の里緒奈ちゃんのだよね? 勝手に使っちゃっていいの?」

「今から死ぬひとには関係ないでしょ!」

 妹が殺人鬼すぎて『僕』は逃走を我慢できない。

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