第316話

 しかし『僕』と妹の美玖は早くも緊張。視線で相手を遠ざけながらも、少しずつ距離を詰め、横並びになる。

「それじゃあ写真撮影から! 本番、行きまーす!」

「お、お願いします……」

 『僕』たち兄妹を、数台のカメラが取り囲んだ。

 背景には青空と、教会と。何とも絵になる構図で、次々とシャッターが切られる。

 その後方で里緒奈がカンニングペーパー(スケッチブック)を捲った。

『腕組んで。恥ずかしがらずに』

 テレパシーでいい気もするが、面白がっているらしい。

 『僕』と美玖は互いを横目で牽制しつつ、おずおずと腕を組む。

(殺す殺す殺す殺す殺す)

(テレパシーやめて! ダイレクトに響くから!)

 この妹は本当にあのブラコンで可愛いキュートなのだろうか。

 妹の本音はわからない。

 ただ、『僕』は花嫁姿の妹に今、執着のようなものを抱いていた。

 いずれ妹は余所の男性と結婚する。このウエディングドレスも、その相手のためのものであって、『僕』のためにあるわけじゃない。

 それが悔しい。我慢ならない――と、身勝手なことを思い始めている。

(そ、そうだよな。今くらいは僕が美玖を独占しても……)

 ブライダル企画を言い訳にして、『僕』は妹の華奢な身体を抱き寄せてみた。

「に、兄さん……?」

 お風呂でキュートにするように。

「その、撮影だからさ。他意はないっていうか」

 しかし妹は靡くどころか、憤怒の形相で眉を吊りあげた。

「だったら、この手の位置は何よ? どこ触ってんの」

「……え?」

 腰を抱き寄せたはず……が、『僕』の手は美玖のお尻を掴んでいる。

 ハイレグのせいで、半分は生の感触だ。瑞々しい張りがあって、とても柔らか……。

「だ、か、ら、いつまでも触ってんのよ! 変態!」

「んばぶっ!」

 ぬいぐるみでなくとも飛んでくる、妹の鉄拳。

「今のアッパー、よかったですよ。もう一回お願いできませんか?」

「ちょっ、ブライダルフェアの企画だよ? あと誰でもいいから、心配して!」

「妹が相手でも、犯罪は犯罪よ? Pくん」

 切実な命乞いが功を奏し、どうにか二発目は許してもらえる。

「美玖? あなたが得意なのは、むしろ足技でしょう」

「れ、恋姫ちゃん? 余計なこと言わないで!」

 なぜか格闘技に造詣の深い恋姫から、別の注文が入った。

「それはそれとして、表情が硬いわよ? 美玖。P君もです」

「そ、そんなこと言われても……」

 意固地な花嫁は唇を噛む。

 アイマスクひとつであれだけ笑顔になれるはずの妹が、ガチガチになっていた。

 スタッフも『僕』たち新郎新婦の余所余所しさを指摘する。

「確かにシャイPも硬いんですよねぇ……。モデル業は素人でも、相手は妹さんなんですから、もっとリラックスできませんか?」

「は、はい。やってみます」

 リードすべきは『僕』のほうだろう。

 わざとらしく青空を仰ぎつつ、『僕』は美玖にだけ聞こえるように囁く。

「そ、そういえば? 今夜はキュートとお風呂の約束だったなあ~。キュート、今日の花嫁やりたがってたから、フォローしないとな~」

「……っ!」

 すると妹のほうから腕を絡めてきた。

「兄さんがキュートとラブラブなのは、ミ、ミクもわかってるつもりよ? ここで兄さんと揉めて、あの子にツンデレだの思われても面倒だし……覚悟を決めるわ」

「う、うん? なら僕も」

 妹に妹をけしかけるという摩訶不思議な挑発だったが、効果はあったらしい。

(肘に当たるんだよなあ、胸が……)

 緊張しつつ、『僕』は美玖とバージンロードを進む。

 その花道の脇でSHINYのメンバーは歯噛みしていた。

「うぐぐ……お兄様と夫婦以上恋人未満になるのは、リオナのはずだったのにぃ~」

「やっぱり侮れないわね、美玖ちゃん……とっても羨ましいわ、ナナル」

「お兄さんもデレデレしちゃって……あれは絶対『美玖の胸が当たってる』とか思ってるカオよ? いやらしい」

 恋姫のテレパシーには恐れ入ります。

 易鳥も唇をへの字に曲げる。

「兄妹でバージンロードを……き、今日のは仕事だからな? 本番は許さんぞ?」

 HONBANってラブホ的な意味じゃない……よね?

 カメラのアシスタントが合図のように手を振った。

「ふたりとも、にっこり笑ってもらえますか? 結婚式ですんでー」

「あ、はい。こうですか?」

 『僕』は意識して表情を緩める。

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