第315話
先日はSHINYに勝つとあれだけ豪語していたのに、呆気ない敗北を喫したわけで。天音騎士のプライドからも、じっとしていられないのだろう。
易鳥が腕組みを深め、何やら考え込む。
「つまり……お前の妹は自分が出場すると同時に、あの研修生を代打に立てることで、決勝レースを二対一に持ち込んだというわけだ。なかなかの策士じゃないか」
「なるほど。そういう解釈もできるんだね」
その可能性は低そうだが、推理に一応の筋は通っていた。
易鳥はまっすぐなアホだからこそ、ストレートに真理を突くことがある。
「しかし妹と結婚とは……妙な気を起こすんじゃないぞ?」
「易鳥ちゃんもさあ、信頼とか信用って気持ちが、僕にないの?」
とりあえず『僕』は予備のスタッフ証を彼女に持たせてから、ドアを閉めた。
「お、おい? どうして閉めるんだ?」
「着替えるからだってば」
着付けのスタッフも準備万端、さっさと着替えることにする。
それでも髪を梳いたり、メイクをしたりで、二十分ほど掛かってしまった。その間、何度も扉が少し開いたが、面倒くさいのでスルー。
こちらからドアを開け、幼馴染みに晴れ姿を披露する。
「お待たせ。ど……どうかな?」
ぎこちない『僕』を真正面にして、易鳥が目を見張った。
「おお……っ! 馬子にも衣裳とはこのことだな」
「誉め言葉じゃないよね? それ」
「ちゃんと褒めてるんだぞ。そうか……お前はこんなふうになるのか」
何しろ純白のタキシードだ。値段も張るはずで、気後れする。
「靴は? サイズは合ってるのか?」
「それが……サンプルだから、サイズ違いのしかなくてさ。走ったりするわけじゃないから、大丈夫だとは思うけど」
お客さんがこれを着て挙式できるのは、来年以降とのこと。
「……」
「ん? どうした?」
黙り込んでいると、易鳥に横顔を覗き込まれた。
「あ、いや……僕も修行が終わったら、結婚するのかなあって」
易鳥が得意げにはにかむ。
「その時は天音騎士団の正装を貸してやるとも。そっちのほうが決まるぞ?」
「それはいいかもね」
「うむ! イスカはウエディングドレスにすると思うが」
こんな『僕』たちでも、幼少の頃は結婚式ごっこをしたこともあった。
(……あれ? 僕がお嫁さん役じゃなかったっけ?)
ノスタルジックな思い出を封印しつつ、『僕』は易鳥とともに教会の門前へ。
「変身して結婚すれば、服はいらないのか」
「お前は何を言ってるんだ」
新婦のほうは着替えに手間取っているようで、妹たちの姿は見当たらなかった。本日は綾乃もいないため、『僕』がタキシード姿で打ち合わせする。
「花嫁がメインですので。シャイPはリラックスしててください」
「はい。撮影のほうはお任せします」
梅雨明けの空は青々と晴れ渡っていた。日差しも強い。
とはいえタキシードが夏仕様のおかげで、蒸せるほどでもない。
「撮影中に雲が掛かっても邪魔だろ? 天音魔法で散らしておいてやる」
「ありがとう。頼りになるね、易鳥ちゃんは」
やがて、本日の主役が里緒奈たちに手を引かれて登場した。
「こっちも準備できたわよー! Pクン」
妹の美玖が真っ白なウエディングドレスを満開の花のように揺らす。
なのに、その表情は魔王の怒りに満ちていた。
「に、い、さ、ん?」
妹の花嫁姿に見惚れつつあった『僕』は、ぎょっとする。
「み、美玖? それって……」
「兄さんが仕組んだんでしょ! 何よ、これ?」
定番のウエディングドレスと思いきや、水着でした。
ドレスの本体はハイレグのレオタードも同然で、綺麗な純白が照り返っている。
しかし妹はデルタよりも胸を隠すので必死。
「胸のサイズだって合わないから、リボンで誤魔化してるのよ? うぅ……」
サンプルのレオタードではたわわな果実を包みきれず、胸元が大胆に開いている。そこを白いリボンで飾ると、爆乳をラッピングする形になるわけで。
『僕』はケータイを落としそうになりながらも、企画者の綾乃に問い詰める。
「綾乃ちゃんっ? 妹が水着で結婚なんだけど?」
『あの花嫁衣装ですか? 夏季限定のドレスだそうです』
借り物のタキシードでなければ、ズコーッと転んでいたところだ。
相手は妹で、今日はブライダル企画……とはいえ、花嫁の悩殺的なスタイルに『僕』は否が応にも胸を高鳴らせる。
(こ、こんな恰好の美玖と……結婚? しちゃうの?)
里緒奈や恋姫は悔しさ半分、安堵も半分といった顔つきだった。
「羨ましいことは羨ましいんだけど……さすがにこのドレスは、ねー?」
「よかったじゃないですか。P君の大好きな水着で」
菜々留は企画書に目を走らせる。
「あら? 新郎用にビキニパンツもあるそうよ? Pくん」
「そんなの着る度胸ないって! 無理だから!」
男子には男子の生理現象があることを理解して欲しいものだ。
つまり今、『僕』は妹を相手に――。
「里緒奈、エンゲルフリーゲル貸して。あの自分勝手なクズを殺すわ」
「Pクンがぬいぐるみになった時に、まとめてやり返したら?」
幸いにして、おぞましい殺気が『僕』の一部を竦ませる。助かったか……。
里緒奈がサングラスの易鳥に気付く。
「あー、易鳥ちゃんも来てたんだっけ?」
「勝負の結果を見届けるのも、そう……義務だからな」
「うふふ、義務ねえ……嫉妬じゃなくって?」
菜々留や易鳥たちはあくまで見学のため、気楽そうだった。
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