第314話
翌日の午前中はS女で体育を指導して。
お昼になったら、『僕』と美玖はシャイニー号で某海岸へ。
そのはずが、予定にない面子も強引についてくる。
「ねえ、なんでみんなも一緒なの? 授業は? 部活は?」
菜々留は頬に手を添えて、溜息をひとつ。
「だって、お兄たまと美玖ちゃんの結婚式だもの。みんなで見届けなくっちゃ」
「そうそうっ! リオナたちにとっても大事なことなんだから」
と、里緒奈も勢いよく相槌を打つ。
恋姫は半目がちに『僕』へ疑いのまなざしを向けた。
「美玖と結婚、なんですよ? お兄さんのことですから、万が一ということも……」
「信頼とか信用か、そういう感情も少しは僕に向けてくれないかなあ」
何かと蔑まれるのは、ぬいぐるみの姿でいるせいだろうか。
『僕』は一旦席を外し、変身を解いてから合流する。
「やれやれ……美香留ちゃんは授業に出てるのに、恋姫ちゃんまで」
「うぐっ。そ、それはお兄さんが……」
『僕』が人間になったことで、SHINYのメンバーは居住まいを正した。
(昨日はみんな、あんな格好で……じゃなくてっ!)
あの光景を思い出すだけで、いかがわしい気持ちが込みあげてくる。
ホムラ・サーキットと連動して、ゲーム対決の動画も明日には配信されるらしい。今も綾乃がマーベラス芸能プロダクションで編集に当たっているはず。
「KNIGHTSにとっては初めてのアイドルらしい企画だもんなあ……」
「何のこと? お兄様」
『僕』の何気ない呟きを、マネージャーが補足する。
「昨日の収録分、明日の夜には配信されるのよ。SHINYはよくやってるけど、KNIGHTSはそういうの初めてだから」
「今の今まで本当にどうしてたのかしらね。依織も、郁乃も」
これから兄の『僕』と結婚するにもかかわらず、妹は平然としていた。
その本心はまったく読めない。わからない。
(キュートなら舞いあがりそうだけど……う~ん)
仮に妹が『僕』にベタ惚れとして――キュートはレースゲームで優勝し、『僕』と堂々と挙式するつもりでいた。
ところが決勝レースは荒れ、勝利したのはマネージャーの代理。
出場していたキュートではなく、終始不在だった美玖のほうが花嫁の権利を勝ち取ってしまい、現在に至る。
「真似事とはいえ兄さんと結婚だなんて……はあ」
「こ、こっちの台詞だよ、それは。妹と新郎新婦を演じるんだぞ?」
「どっちもツンデレにしか聞こえないから、やめてくんない?」
その『真似事』に穏やかではいられない様子で、里緒奈たちも同行となった。
美香留『おにぃ、放課後には帰ってくるっしょ? コーチは水泳部だけ?』
陽菜『お夕飯はいつも通りの時間でよろしいんですの?』
S女で勉学に励んでいる面子が誇らしい。今は授業中の気もするけど。
「お兄様? 言っとくけど、リオナはまだメイドさんの件、許してないんだからね?」
「里緒奈ちゃんのそれもツンデレじゃないかしら」
「ツンデレなんてあざとい真似、恥ずかしくないの? まったく……」
「え……恋姫ちゃんがそれ言うわけ?」
やがてシャイニー号は目的地へ到着した。
コバルトブルーの海に面した、教会風の式場だ。潮の香りが鼻孔をくすぐる。
「うっわあ~! いいわね、雰囲気あるじゃない!」
「こんなところで披露宴が出来たら、最高よねえ。うふふ」
里緒奈や菜々留がはしゃぐ一方で、唖然としているのは恋姫。
「……………」
「ん? 恋姫ちゃんもこういうところで式挙げたい、とか?」
「ななっな、何言ってるんですか! お兄さん!」
「あいたあっ?」
そして真っ赤になるや、『僕』の爪先を踏みつけた。
「やっぱりツンデレね」
「ツンデレだわ」
デレることなどありえない妹は、すたすたと式場へ入っていく。
「遊んでないで、行くわよ? 変態」
「え? ぬいぐるみじゃないのに、変態呼ばわり?」
すでにスタッフは撮影の準備を完了しつつあった。プロデューサーとして『僕』はあちこちで挨拶を済ませて、それから着替えのために更衣室へ。
里緒奈たちも興味津々だ。
「美玖ちゃんの着付けを見学したいの。いいでしょ? Pクン」
「スタッフさんの邪魔にならないようにね」
妹を中心にメンバーは女子更衣室のほうへ歩いていく。
ひとりになったところで、『僕』は植木の陰にいる人物に声を掛けた。
「……で? 易鳥ちゃん、学校は?」
サングラスと帽子だけで変装したつもりらしいアイドルが、わなわなと震える。
「い、いつから気付いてた? お前、まさか……」
「里緒奈ちゃんたちも気付いてるからね? あえてスルーしただけで」
郁乃や依織の姿は見当たらなかったものの、SNSにメッセージが放り込まれていた。
依織『そっち、うちのリーダーが行ってない?』
郁乃『見つけたら、帰るように言っといて欲しいデス』
僕『今まさに確保したところだよ』
易鳥はケータイを握り締め、今度は屈辱に震える。
「あいつら、ケータイに慣れるのが早すぎるんじゃないか……?」
(女の子はこういうの、確かに早いよなあ)
この不器用な天音騎士様がここにいる理由など、聞くまでもなかった。
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