第313話

 母親がさらに質問を重ねてきた。

『あと……そうそう。アンタ、美玖とは?』

「……へ?」

『だから美玖と。もう寝たの? まだなら早く済ませておきなさい』

 頭の中で今、天使も悪魔も混乱している。

「あ、あのぉ……お母様? 寝る、って……添い寝しろってことでしょうか……」

『サウンドエフェクトがエックスのやつよ。S、E……』

「も、もうひとつ! 僕と美玖って、血を分けた実の兄妹……デスヨネ?」

 もはや気が動転してしまっている『僕』と、呆然としている陽菜の前で。母は意味深にやにさがると、はっきりと断言した。

『アンタと美玖は間違いなく実の兄妹よ。半分は私の優秀な遺伝子で、もう半分は旦那のアホな遺伝子で作られてるわ。あぁ……ひょっとしたら、アンタたちの子どもは百パーセント、私の遺伝子でできるのかもしれないのね』

「最低だ! あんたの発想は最低だ!」

『同感よ。マチズモなんて時代錯誤も甚だしいもの』

 マチズモ(男根主義)などという言葉がさらりと出てくるあたり、『僕』の母親に相違ない。端正な顔立ちにしても、どことなく妹の美玖に似ていた。

(母さんじゃなくて美玖のほうが似てるのか……)

 母親が向こうでコーヒーを淹れながら、肩を竦める。

『ところでアンタたち、夏休みには帰ってくるんでしょう?』

「うん。そのつもりだよ」

『そこのメイドも連れてらっしゃい。歓迎するわ』

 陽菜が控えめなりに声を弾ませた。

「は、はい! 楽しみにしてますの、奥方様っ」

『私も会えるのを楽しみにしてるわ。えぇと……陽菜ちゃん? 息子が我慢できなくなったら、ヌいてあげてちょうだいね』

「コラーーーッ!」

 言いたいことは山ほどあるのに、向こうから通信を切られる。

(息子を一度も名前で呼ばなかったなあ……)

 結局、母親の口を割らせることはできなかった。

「はあ……。陽菜ちゃんも夏休みの旅行はいいとして、母さんの発言は忘れて?」

「え? お風呂でお背中を流すくらいのことでしたら、ヒナも……」

 いやいや違うんだよ、メイドさん。

 一言で『背中を流す』といっても、実際はスクール水着でぬるぬると……。

「そ、それよりもう遅いから。何なら家まで送ろうか?」

「いえ、ご主人様もお疲れのご様子ですし、今夜はひとりで帰りますの」

 よくできたメイドは会釈を残し、退室していく。

「……ふう~っ」

 ずっと気を張りっ放しだった『僕』は、肩の力を抜いた。ぬいぐるみの妖精さんに変身し(この姿のほうが軽くて楽)、ベッドへ飛び込む。

 そして、丸一日我慢していた分を吐き出す。

「ア~~~ッ! レースクィーン! レースクィーンが~っ!」

 ベッドの上を右へゴロゴロ、左へゴロゴロ。

 あのハイレグを思い出すだけで、ぬいぐるみの身体でも動悸が激しくなる。

 もちろんミニスカのレースクィーンも素晴らしかった。おかげで、幼馴染みの魅力にも改めて気付かされたくらいで。

 『僕』は仰向けになって、蛍光灯だけの天井を仰ぐ。

「まったく……母さんめ、易鳥ちゃんまで巻き込んで……この調子だと、陽菜ちゃんにも変なこと吹き込まれそうだし。大体、美玖と寝るってどういう……」

 そこまで整理して、はたと思い出した。

 本日のゲーム対決、最下位の罰ゲームについては有耶無耶になっている。

 一方で、優勝賞品については確定。明日のブライダル企画は、妹の美玖が新婦、『僕』が新郎として、バージンロードを歩くことになってしまったわけで。

「美玖と……け、けっこん……?」

 妹と寝る――母親の言葉が『僕』に悪寒をもたらす。オカンだけに。

「ア~~~ッ!」

 再びベッドの上で悶絶する、ぬいぐるみの『僕』。

 そこへ美香留がノックもなしに入ってきて、

「おにぃ! ミカルちゃんと一緒にお風呂、入ろ~」

「ひゃいっ?」

 『僕』はもうだめかもしれない。

「あれ? おにぃ、今夜はこっちなのぉ?」

 幸いだったのは、美香留がぬいぐるみの『僕』で満足してくれたこと。キュートの乱入もなかったので、健全なバスタイムを満喫できた。

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