第311話

 『僕』はお面を外し、綾乃は口角を引き攣らせる。

「あ、あの……撮り直しますか?」

「あれれ? な、直子さんがいないデス!」

 いつの間にやら宍戸直子は逃げ、惨状だけが残されていた。

 レースクィーンたちが身悶えたせいで、コースは滅茶苦茶。今から仕切りなおすには、時間も手間もかかり過ぎる。

「最下位決定戦と、罰ゲームの収録もあるしなあ……」

「現時点ですでに押してますし……う~ん」

 スタッフも頭を悩ませる中、KNIGHTSのリーダーが癇癪を起こした。

「なんで急に起きあがったりするんだ? 郁乃! あと少しのところだったんだぞ」

「こ、こっちがどんだけ、くすぐったかったと思ってるんデスか?」

 菜々留と依織は涙目で赤面している。

「酷いわ、Pくん……カメラの前で、こんな恥ずかしいこと……」

「あにくんには謝罪を要求する。そうだね……シュガープラムのダブルモンブランで」

「あ、じゃあナナルはガトーショコラ・ザ・ブラックね」

 恥ずかしがってる割に、やけに逞しいのは気のせいだろうか。

「り、了解……全員にお詫びするからさ」

「だったら、リオナはシフォンのチーズケーキ!」

「ミカルちゃん、フルーツいっぱいのがいいなーっ!」

 ほかのメンバーも食欲旺盛で助かる。

 しかし今回の企画者でもある綾乃は困り果てていた。

「撮り直しをしないのなら、優勝はマネージャーということになりますが……」

「あー、うん。……あれ? キュートはどこ?」

 宍戸直子に続いてキュートも消えている。

 しばらくして、マネージャーの美玖が慌てて駆け込んできた。

「ごめんなさいっ! その、別件の打ち合わせで手間取ってしまって……」

 急いで着替えたのか、髪は乱れ、制服もボタンを留め忘れている。

(このタイミングで出てくるなんて……まさか、結果を確定させたくて……?)

 妹の行動力が『僕』の心胆を寒からしめるのですが。

「……え? どうかしたの?」

 当事者の登場により、現場は水を打ったように静まり返る。

「……………」

 キュートの正体を知る天音騎士様に至っては、白目を剥いていらっしゃった。

 あくまで妹は今来たばかりの体で、首を傾げる。

「もう終わったんでしょ? どっちが勝ったのよ、里緒奈」

「えーと、それが……引き分けっていうか、その……」

 観念するように郁乃が打ち明けた。

「決勝戦で易鳥ちゃんとキュートが事故って、美玖ちゃんの代理だった綾乃さんがゴールしちゃったんデス。だから優勝は美玖ちゃんってことになって」

「……ミクが?」

 妹はぎょっとして、こわごわと『僕』に視線を寄越す。

「じゃあ、もしかして……明日のブライダル企画、ミクが兄さんと……?」

 いや違うぞっ? 

 妹に『お兄ちゃんと結婚なんて(照)』などという気配は微塵もない。

 この蔑むような目つきは間違いなく『僕』を嫌悪している。

「どういう段取りだったのよ? 司会も兄さんがやってたんじゃなかったの?」

「う。それは……」

 プロデューサーとして『僕』はぐうの音も出なかった。

 真剣勝負を優先して、撮り直しといった保険を掛けなかったのは『僕』だ。

 しかし企画の立案者でもある綾乃が、深々と皆に頭を下げる。

「申し訳ありません。企画の詰めが甘かったせいで……」

「いえいえっ! 綾乃さんは悪くありませんので!」

 それを恋姫が両手で押すように制した。

 美香留が口を尖らせる。

「大体さあ、美玖ちゃんはどこに行ってたわけ? 美玖ちゃんも数に入ってたのに、いないから、綾乃さんが出張ることになったんじゃん」

 依織も綾乃のフォローにまわった。

「いなかった美玖が、あとから企画の段取りを非難するのは違うんじゃないかな」

「うっ」

 マネージャーはばつが悪そうに口を噤む。

 菜々留がぱんっと手を鳴らした。

「しょうがないわねえ。勝負は勝負、今回は綾乃さん……美玖ちゃんの勝ちってことにしましょ。KNIGHTSもそれで異論はないかしら?」

「イクノちゃんはまあ……第三レースで敗退しちゃってますし。やり直して易鳥ちゃんが勝って、花嫁の権利を獲得しても、それはそれで納得できそうにないデス。はい」

 郁乃は渋々と承諾。

 依織がまだ放心中の易鳥を揺らす。

「しっかりして、易鳥。美玖の優勝でいい? 誉れ高い天音騎士様が、まさか優勝目当てで仕切り直しとか、言わないよね?」

「う……うん? 明日の花嫁は美玖がやる、ということか?」

 むしろSHINYの面々が複雑そうな表情を浮かべた。

 天音騎士様は潔く敗北を認める。

「いいだろう。ただし例の件、キュートもなしだぞ? シャイP」

「え? 例の件って何のことデスか?」

「ちょ、ちょっと決勝戦の前に一悶着……ね? もう終わったことだからさ」

 全力で笑みを引き攣らせながら、『僕』は妹に目配せした。

 美玖は美香留を盾代わりにして引っ込もうとする。

「何よ? 兄さん。ミクと結婚とか想像してるんじゃないでしょうね?」

「ぼ、僕のせいにしないでよ! 僕だって、えぇと……」

 対抗して『妹と結婚なんて』と返そうとしたが、それ以上は言葉が出なかった。

 キュートを傷つけることになるかもしれないからだ。

 恋人未満のアイドルたちが『僕』をジト目でねめつける。

「そうですか。お兄さんは美玖と……」

「お兄たまが美玖ちゃんと……」

「ふーん? お兄様が美玖ちゃんと、ねえ……」

 変身を解いた瞬間、三発は叩き込まれそうだった。ガクガクブルブル。


 ちなみにゴールできなかったメンバーが多いため、最下位決定戦は選手を絞れず、有耶無耶になりましたとさ。

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