第308話

 ところが最終ラップのヘアピンカーブで、美香留と郁乃のマシンが不意に接触。

「――あわわっ?」

「ひゃい!」

 どちらも片輪を浮かせたまま、Uの字カーブへ突っ込む。

 その勢い余って、ついにはひっくり返ってしまった。

「あ~~~っ!」

 声援も一転して悲鳴となる。

 美香留のラジコンも郁乃のラジコンも逆さまになって、タイヤを空転させるだけ。

 代打とはいえ止まるに止まれない綾乃が、その横を通り過ぎていく。

「あ……」

 結果はマネージャーのひとり勝ち。

 綾乃はしまったと言いたげに自分の額を叩いた。

「すみません、シャイP……第三レースだけやりなおしましょうか?」

 あとで編集するのだから、仕切りなおしはできる。

 けれども、それは易鳥が認めなかった。

「待て待てっ! 真剣勝負なんだぞ? どうなろうと結果は結果だ」

 恋姫も四つん這いから身体を起こしつつ、口を揃える。

「撮り直しはレンキも反対です。せっかくの勝負に水を差すことになりますし……」

「そーそー。それに決勝はキュートと易鳥ちゃんで、SHINY対KNIGHTSなんだから。あとの一枠は綾乃さんでいいんじゃない?」

 そして気分屋のようで、里緒奈の発言には筋が通っていた。

 今回の主旨はSHINYとKNIGHTSの対決であって、SHINYからはキュートが、KNIGHTSからは易鳥が決勝へ駒を進めている。

「ぶっちゃけ第三レースは消化試合でしょ。イオリも異議なし」

「最下位決定戦を考えると、そうとも言いきれないけど……ナナルも構わないわ」

 スタッフからも反対の意見は出ず、このまま続行することに。

「じゃあ15分の休憩を挟んで、決勝戦だね」

「え? Pにぃ、なんで休憩?」

「決勝用にコースを作り変えるんだ」

 司会の『僕』はお面を外し、お茶で一息ついた。

 スタッフはてきぱきとコースを分解したり、別のパーツを繋いだりしている。

「ナナルたちも休憩にしましょ」

「あーあ……イクノちゃんも決勝出たかったんデスよぉ?」

 レースクィーンたちも続々と休憩へ。

 そんな中、易鳥が『僕』の傍へ近づいてきた。

「少しいいか? 場所を変えさせてくれ」

「あ、うん」

 『僕』たちはゲームコーナーを出て、十メートルほど距離を取る。

 外のほうの撤収作業は終わったのか、サーキット場は静まり返っていた。

「易鳥ちゃん、何か飲む?」

「いや。そんなに喉は渇いてないんだ」

 今だけは幼馴染みとふたりきりに。

 先日もふたりでゲームセンターに行ったりした――とはいえ今日の彼女は大胆なレースクィーンの恰好だ。一応『僕』とて目のやり場に困る。

(そりゃビジュアル面はアイドル合格だよなあ)

 易鳥も短すぎるスカート丈を気にしてか、お尻ばかり押さえていた。

「アイドルというのは大変だな……コ、コスプレというんだろう? これも」

「そこは割りきったほうがいいよ。往生際が悪いと、ファンも白けちゃうからさ」

「うむ。まあ、こっちは水着でもないし……」

 右へ左へと泳いでいた易鳥の視線が、『僕』を鋭く射すくめる。

「そっそうだ! お前、SHINYには水着どころか、セミヌードまで強要してるというじゃないか。昔は『女の子には興味がない』とか言ってたくせに……」

「そ、それは……その」

 痛いところを突かれ、『僕』は返答に迷った。

 女子校同然の魔法学校で女の子に興味津々となっては、それこそ天音騎士に成敗されてしまう。だから易鳥には常套句で誤魔化していたのだが、

(僕が夜な夜なSHINYのメンバーとお風呂で……なんて知ったら、聖光爆裂斬をぶっ放すんだろーなあ……ぞぞぞっ)

 その後ろめたさに悪寒がして、『僕』は背筋を震えあがらせる。

 そんな『僕』の心中も知らず、易鳥は胸の高さで両手の指を捏ねくりあわせた。

「で……話というのは、だな? その……ごにょごにょ」

 何でもハキハキと言える天音騎士様でも、口ごもることはあるらしい。この幼馴染みは昔から素直になるのが苦手で、自分の欲求にあれこれ理由をつけたがる。

 当然、幼馴染みの『僕』にはわかっていた。

 プライドの高い易鳥のため、なるべく当たり障りのない言葉を選ぶ。

「SHINYのほうは巽Pに稽古つけてもらってるのが、気になるんでしょ? KNIGHTSのボーカルレッスンもちゃんと考えてあるからさ」

「……うん?」

 KNIGHTSは歌唱力が高いとはいえ、独学に近かった。基礎から一度しっかりと見直すべきで、すでに『僕』のほうでコーチを手配している。

「マーベラスプロのコーチ陣でスケジュールを確保できそうなひとがいてね。平日の午前中とかになっちゃいそうだけど、そっちの学校には『僕』が話をつけるつもりだし」

 対する易鳥はきょとんとして、かぶりを振った。

「いっいや、そのことじゃない! ……いや、そのことも大事だが……」

「え? じゃあ……」

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