第307話

「スタートッ!」

 緑色のスタートランプが点灯すると同時に、二台のラジコンが飛び出した。

 恋姫のマシンは置いてきぼりを食わされる。

「……え? どうして動かないの?」

「そっちブレーキじゃない?」

 予想通りの凡ミスだった。

 その間にもキュートと依織は最初のコーナーを抜け、デッドヒートを繰り広げる。

「おおっと? キュートちゃんと依織ちゃん、まさかのガチ対決!」

 コース上のメンバーは度肝を抜かれた。

「えっ? 依織ちゃん、こんなに上手だったんデスか?」

「あらあら……とんだ伏兵がいたものねえ」

 練習の時はまごついていたはずの依織が、巧みなドライビングを披露する。

「昨日は学校休んで、練習してたから」

「学校サボっちゃだめでしょ」

「お仕事もサボらないで欲しいデス」

 練習のうちは実力を隠していたのも作戦か。

 独走する気満々だったキュートが、焦りの色を浮かべる。

「そんな作戦できゅーとに勝てると思わないでっ!」

「ううん、勝つよ。勝たせてもらう」

 ふたりのマシンは抜きつ抜かれつコースを爆走した。

 ゲーム画面の景色もめまぐるしく変わっていく。

「きゃあっ? こ、怖ぁ……」

 レースクィーンたちの股座をくぐったり、胸の谷間を仰いだり。

 しかし二台のマシンは脇目も振らず、ハイスピードでコースを駆け抜ける。

 奇しくも、どちらも同じコーナーリング重視のタイプだった。直線では互いに付かず離れず速度を保ち、コーナーで勝負を掛ける。

「まだ離せないのぉ? 依織ちゃん、しつこいってば!」

「こっちの台詞。変なキャラで売ってる割に、安定してるね」

「へ、変じゃないもん!」

 恋姫はあえなく周回遅れに。

「なんでレースゲームなのよ? パズルとか、もっとほかに……ひゃああっ?」

「ナナルは恋姫ちゃんの味方よ。頑張って!」

 恋姫の両脇を抜け、キュートと依織がまた並ぶ。

 その接戦を四つん這いで見下ろしながら、易鳥が呟いた。

「もしかして、依織もそんなに優勝したいのか?」

「……(怒)ッ!」

 ほんの一瞬、ポーカーフェイスの依織が感情を露にしたような……。

「い、いよいよファイナルラップ! 勝つのはどっちだ?」

 最後のヘアピンカーブを直前にして、依織が果敢にもアクセルを踏み込む。

 しかしキュートのほうは応じず、あくまで安定した走りを維持。

 依織、キュートの順でヘアピンカーブに差し掛かる。

「――あっ?」

 そしてカーブを走り抜けた時には、勝敗は決まっていた。

 依織のマシンは減速が足りず、ヘアピンを曲がりきれなかったのだ。対し、キュートのマシンは丁寧なコーナーリングでヘアピンを突破。

 一位でゴールラインを通過する。

「第二レース、勝利を掴んだのはキュートちゃんだあ~!」

 『僕』の実況にも力が入ってしまった。

 コース上のお色気要員も白熱のレース展開に感心する。

「すっごいレースっぽかったじゃない! ねえ?」

「依織も惜しかったんだがなあ……」

「あのぉ、易鳥ちゃん? 依織ちゃんが負けたの、易鳥ちゃんのせいデスよ?」

 そんな中、第二レースのビリが切実な声で。

「レンキはまだゴールしてないのよ? 放ったらかしにしないで!」

 あ……という間を誤魔化すように、全員が声を揃えた。

「がんばれ♪ がんばれ♪」

 運動会で最下位の選手を見守る、あの生温かい空気が恋姫を追い詰める。

「うぅ……こんな恰好までして、レンキは一体何を……」

「それ、さっきリオナが言ったんだけどぉ?」

 敗者の心にキズを残しつつ、ゲーム対決は第三レースへ。

 とりあえず、これでSHINY、KNIGHTSともに決勝レースへ駒を進めることができた。『僕』と綾乃はアイコンタクトに安堵を含める。

(決勝も盛りあがりそうだね)

(はい。次のレースは誰が勝っても問題ありません)

 つまり企画のうえで、第三レースは消化試合になってしまうわけだが。

「いよいよミカルちゃんの出番っ! 頑張っちゃうぞー」

「ふふん、強がってられるのも今のうちデス」

 ハイレグの美香留もミニスカの郁乃もやる気満々だ。

 カメラの前で火花を散らしながら、それぞれの筐体へ乗り込む。

「綾乃ちゃんも頼むよ。美玖の代理」

「わかりました」

 三つめの筐体には代打の綾乃が腰を降ろした。カメラの枠からも外しておく。

(まあ綾乃ちゃんが勝つことはないだろうし……)

 第三レースは美香留と郁乃の一騎打ち。

 ほかのレースクィーンたちはコース上でレースを待つ。

「決勝で優位に立つのは果たしてSHINYか、それともKNIGHTSか? 運命の第三レース、スタートです!」

「おおおおーっ!」

 スタートとともに声援が反響した。スタッフも興奮しつつある。

 二台のマシンが菜々留の巨乳をくぐり抜けた。

「やんっ? 本当に怖いわねえ」

「リオナたちがこーやってる意味、あるわけ?」

 スロー再生の映像を見せたら、『僕』の意図を理解してくれることだろう。恋姫あたりは怒るかもしれないが……。

 美香留も郁乃もゲームに不慣れとはいえ、菜々留や恋姫ほどではなかった。

「ぎゅんぎゅーん!」

「びゅーん! びゅんびゅんっ!」

 走行音を子どもっぽい擬音にしながら、ほぼ同じスピードで先頭を争う。

 どちらのマシンも初心者向けの、最高速度は控えめだが安定性は抜群のタイプだ。彼女たちにもっとも適したマシン選択といえる。

 実際、非ゲーマー層がレースゲームで遊ぶなら、『初心者向け』のマシンは速かった。最低限の操作さえできれば、あとはマシンが勝手に走ってくれる。

 息もつかせぬデッドヒートに、レースクィーンたちも盛りあがった。

「行けっ、郁乃! KNIGHTSの底力を見せてやれ!」

「速い、速いっ! 美香留ちゃん、その調子!」

 とにもかくにも『先にゴールしたほうが勝利』なのだから、クルマに疎い女の子でも楽しめる。綾乃の狙い通りだ。

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