第306話
スタッフも一様に押し黙る中、カウントが鳴り響いた。
3、2、1……。
「スタート!」
合図とともにエンジン音が爆発する。
三台のマシンは綺麗な横並びのスタートとなった。
キュートがびっくりしてお尻を竦ませる。
「ひゃあっ?」
あっという間にラジコンはお尻をくぐり、最初のコーナーへ。
コースは比較的簡単な造りだった。難しいのは終盤のヘアピンカーブくらいか。
しかしコーナーへ差し掛かったところで、菜々留が異様に減速した。
「ぶ、ぶつかっちゃいそうよ? こんなの……」
「ふふんっ。おっ先~!」
その隙に里緒奈がインコースで先頭へ躍り出る。
「おわっ? もっと右だ、右!」
後続の易鳥は遠心力に引っ張られ、大回りになってしまった。
三人のコーナーリングを分けたのは、スピードだ。易鳥は速すぎて、逆に菜々留は遅すぎて、コーナーの壁に接触。
里緒奈は器用にハンドルを捌きつつ、次の直線でふたりを引き離していく。
『里緒奈ちゃん、安定の走りでたちまちトップに! この調子で逃げ切れるか?』
美香留や郁乃がコースの上で声援をあげた。
「いっちゃえ、里緒奈ちゃん! SHINYだけで決勝やっちゃお!」
「そーはさせないデス! 易鳥ちゃん、挽回! 挽回デス~!」
企画としては、決勝へはKNIGHTSもひとりは進んで欲しいところ。しかし勝負は勝負、プロデューサーの『僕』もあとの編集で誤魔化すつもりはない。
「好きにはさせんぞ! 里緒奈っ!」
易鳥が力いっぱいにアクセルを踏み込む。
それだけで、里緒奈との距離がみるみる縮まっていった。
「……うそっ? なんで?」
里緒奈は動揺し、隣でプレイ中の易鳥に横目を向ける。
マシンの性能だ。里緒奈がバランスのよいオーソドックスなマシンなのに対し、易鳥は最高速度がウリのパワータイプ。今回のような『直線が多めのコース』なら、コーナーリングで多少もたついても、すぐに挽回できるわけだ。
選んだマシンのタイプによって、ラジコンの制動も変わるらしい。
「ち、ちょっと里緒奈? こっちに来ないで!」
「ええっ? そんなこと言われても……」
しかも里緒奈がコース上のお色気要員(四つん這いの恋姫)に気を取られ、手元を狂わせる。里緒奈のマシンは大きく左に逸れ、後続の菜々留とぶつかってしまった。
「あらあら……里緒奈ちゃん、どうにかならない? これじゃ通れないわ」
「待って、待って! えーと……バックってどうやるんだっけ?」
二台のラジコンはコースの途中で立ち往生。
ところが易鳥もヘアピンカーブで手間取り、レースは凡戦の様相を呈し始める。
「むむむ? 曲がれないぞ?」
「易鳥、そこは一旦後ろに下がって」
声援も次第にアドバイスだらけになり、微妙な空気に。
「菜々留ちゃん! 通してってば」
「ごめんなさい……やあねぇ、また詰まっちゃったわ」
それでも易鳥がリードを続け、ファイナルラップへ突入した。
「だんだんわかってきたぞ」
パワータイプのマシンはコーナーリングに難がある――そこで易鳥は、あえて止まる寸前まで速度を落として。信地旋回で向きを定めてから、再びアクセルを踏む。
これならタイムのロスこそ大きいものの、操作は容易だ。
里緒奈と菜々留が渋滞しているうちに、独走でゴールを決める。
「ゴーーール! 易鳥ちゃん、決勝進出です!」
易鳥は立ちあがり、ここぞとばかりに鼻を高くした。
「どうだっ? イスカが本気を出せば、こんなものだ。わははは!」
郁乃と依織がハイタッチを交わす。
「易鳥ちゃんがやってくれましたよ! これで罰ゲームの可能性がひとつ消えたデス」
「易鳥が勝てたのは大きいね。最下位があるとしたら、易鳥だったから」
「そう褒めるな、ふたりとも。照れるだろ?」
今の易鳥には何でも誉め言葉に聞こえるらしい。
一方、里緒奈と菜々留は敗北感に打ちひしがれていた。
「練習の時はぶっちぎりだったのに……」
「勝負は時の運……かしら?」
「こんな恰好までして、負けて……リオナたち、これじゃピエロよ? ピエロ」
「ふたりとも、そこまで卑下しなくってもさあー」
早くも新メンバーの美香留にフォローされる日が来るとは、いやはや。
「続きまして第二レース! 準備のほうをお願いします」
里緒奈たちに替わって、第二レースの出場者が筐体へ乗り込む。
「恋姫ちゃんと依織ちゃんには悪いけどぉ、きゅーとが一番にゴールするんだからっ」
「くっ……優勝賞品さえなければ、あなたに任せられるのに」
「同感。こっちとしても、このまま易鳥に優勝させるつもりはないから」
SHINYからは恋姫とキュート、KNIGHTSからは依織だ。第一レースは大凡戦だったとはいえ、舞台は温まっている。
(キュート……美玖はそれなりにゲームもやってるだろうし、練習でも……)
『僕』の予想では、やはりオタク趣味の妹にこそ分があった。
乙女ゲーム専の恋姫では、残念だが勝負にならない。あとは依織の実力次第か。
「それでは二回戦! よろしいですか?」
三人がスタートラインに並んで、3、2、1。
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