第304話

「ちょっと準備しますんで、その間にゲームを練習しててください」

「わかりました。みんな~!」

 ただ、アイドルたちはメンバーによって多少なりとも温度差があった。

 前向きなのは美香留、郁乃、里緒奈、それからキュートも。

「きゅーともゲームは得意だもんっ。絶ーっ対、優勝しちゃうんだから!」

「ちょっとぉ? 優勝するのはミカルちゃんだかんね?」

「ご褒美がおひとり様のせいで、SHINY対KNIGHTSじゃなくなってない?」

 その一方で、菜々留や依織は戸惑っている。

「全然わからないわ、ナナル……あれって、男の子の玩具でしょう?」

「原理はわかるよ。モーターを内蔵してて、タイヤが回転」

「だ、だめよ? あなたたち。関心がないからって、カメラの前でそんな態度は」

 そう注意する恋姫も、男子向けの娯楽には気後れしていた。

「ごめんね、恋姫ちゃん。今度、少女漫画の方面で企画を考えるからさ」

「ひょっとしてフォローのつもりなんですか? それ」

 そして、未だにゲーム対決の主旨を理解できていないアイドルがひとり。

 易鳥は右を向き、左を向いて、頭の上に疑問符を浮かべた。

「ここで何をするんだ?」

「レースゲームで勝負するんデスよ。これで」

「は? ……いや、こんな小さな自動車に、どう乗れと……」

 依織が面倒くさそうに額を押さえる。

「脳筋すぎて、何もわかってない……あにくん、説明してあげて」

 『僕』にお鉢がまわってくる気はしていた。

「ええっと……ほら、前に僕と一緒に遊んだでしょ? ゲームセンターで」

 その瞬間、SHINYの全員がゾンビ映画のように振り向く。

「……Pクン? 今のお話」

「ナナルも聞きたいわ。どういうことかしら……?」

 『僕』は身の潔白を全力で証明。

「み、みんなも知ってるアレだよ、プリメの! 易鳥ちゃんとパコパコしたやつ!」

「あぁ、いつぞやの『パコパコ記念☆』の……殺していいですか」

「ちょっと待って? 二段飛ばしくらいで結論出さないで!」

 疑惑に過ぎなかったデートの裏を取られてしまった。果たしてケーキ程度で情状酌量の余地は与えられるだろうか。

 気を取りなおして、『僕』は易鳥に説明する。

「――要するに、玩具のクルマで競争しようってことだよ。わかった?」

「ああ。先にゴールしたほうの勝ちだろ?」

 至って普通の理解……なのに、どうしてこんなに不安なの?

「ぶつけて破壊するゲームじゃないからね? ね?」

「ゴリラを調教してるみたいだよ。あにくん」

 メンバーが試しにハンドルを動かしたりするうち、撮影の準備が整った。

「いつでも行けまーす」

「了解です」

 そのはずが、綾乃が焦ったふうにまくし立てる。

「待ってください。シャイP、マネージャーのあの子は?」

「へ? 美玖なら……えっと」

 妹は今も『僕』の傍にいた。仮面をつけて。

 招待したわけでもない宍戸直子が、首を傾げる。

「マネージャーがどうかしたのォ?」

「はい。3人ずつの対戦になるので、マネージャーも数に入れてたんです。SHINYのマネージャーもファンに人気があるようですし……」

 プロデューサーの『僕』は頭を抱えずにいられなかった。

(あっちゃあ……キュートと美玖の両方が数に入ってたのか)

 つまり綾乃はキュートの正体に気付いていないわけだが、それはさておき。

 キュートが口元を引き攣らせながら、視線を仮面の脇へと逃がす。

「み、美玖ちゃんは今ね? ちょっと……連絡がつかないってゆーか、そのぉ……」

「しまったな、僕のミスだよ。面子を確認しておくべきだったね」

 今回ばかりは『僕』もお手上げだ。

 キュートの正体を知る易鳥も、冷や汗をかいていた。

(ど、どうするんだ? お前の妹のことだぞ?)

(今考えてるんだってば。えぇと、キュートは外せないから……)

 と思いきや、宍戸直子から代案があがる。

「だったら綾乃、アナタがマネージャーの代わりに入ったら? あとで編集して、マネージャーがプレイしたことにしちゃえばいいのよ。ウフフ」

「強引ではありますけど……まあ、それでしたら」

 おかげで何とか目処がついた。

「じゃあ綾乃ちゃんも参加ってことで」

 手頃なお面をつけ、『僕』はイベントの進行係としてカメラの前に立つ。

「あれ? おにぃ、なんでそんなの着けるの?」

「あくまで裏方だからね」

 美少女アイドルが男性と一緒にいる場面など、ファンは見たくもないだろう。暗黙の了解というやつで、スタッフも基本的に顔出しはNGとなる。

(お風呂では毎晩、アイドルと一緒だけど……)

 できることならぬいぐるみの姿で済ませたいが、配信動画を介して、ファンの全員に認識阻害を掛けるのはさすがに無理だった。

 しかし綾乃の企画書は司会進行を必要としているので、

「SHINYのファン、そしてKNIGHTSのファンのみなさま、こんにちは~!」

 『僕』の挨拶とともに収録が始まる。

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