第303話
そんな中、綾乃がきょろきょろと周囲を見渡す。
「シャイP? マネージャーの姿が見当たらないんですけど」
「あー、別のところを担当してもらってるんだ」
「そうですか。まあゲーム対決にさえ間に合うなら……」
その頃には観覧席もギャラリーで埋め尽くされていた。
午前十時、ホムラ・サーキットが幕を開ける。
『ただいまより第21回ホムラ・サーキット、夏の部を開催致します!』
SHINYもKNIGHTSもここでは賑やかし要員に過ぎないが、顔つきは皆、引き締まっていた。
SHINYとKNIGHTSの勝負はすでに始まっているのかもしれない。
青空に爆音のエコーが響き渡る。
一平方メートルのフラッグも、美香留の腕力なら何のその。
「いっけえ~!」
「まだまだ! あと一周デス!」
天音騎士団の郁乃も旗を振り、レースを盛りあげる。
菜々留や依織はメンテナンスの人員にドリンクを振る舞っていた。
「水分の補給も忘れずにね。うふふ」
「こっちはレーサーの分」
無骨なクルマの世界が、彼女たちのおかげで華やかになる。
SHINYとKNIGHTSはチームワークも良好だ。恋姫が何かと間に入って、臨機応変にまとめてくれる。
「そっちは三人だから、キュートも手伝ってあげて」
「恋姫ちゃんが言うなら、まあ」
キュートと易鳥も当初は対決に拘っていたものの、共同戦線を受け入れた。
(SHINYとKNIGHTSを合わせたら、8人かあ……)
そんな構想が脳裏をよぎったりもする。
『僕』の傍らで、研修生の綾乃が安堵を漏らした。
「昨日の今日でKNIGHTSを押し込んで、どうなるものかと思いましたが……あの子たち、意外にいい動きをしてますね」
KNIGHTSの働きぶりを眺めながら、『僕』も舌を巻く。
「宍戸さんの指導の賜物だろうね。この一週間のうちに、もうここまで」
こちらの世界で初めて会った時、KNIGHTSはまるで素人だった。天音魔法で誤魔化していただけで、演出はなく、ダンスもできず。
それが今、レースクィーンとしてSHINYと肩を並べているのだから。
「千里の馬は常にあれほど、伯楽は常にはあらず……」
と、綾乃が口ずさむ。
「勉強不足でごめん。それは?」
「故事成語のひとつです。足の速い馬は常にいますが、それを見つけ、育てることができるひと……つまり伯楽はなかなかいない、という話です」
「なるほどなあ」
その故事に『僕』も納得。
アイドル業界にしても、何より先人の目利きに掛かっているわけだ。
仮にKNIGHTSが『僕』を介して、宍戸直子に指南してもらうことがなかったら、近いうちに埋没していただろう。
SHINYとて同じだ。
彼女たちが活躍する、その機会を与えられるかどうか。
プロデューサーである『僕』らの責任は大きい。
「綾乃ちゃんは引き続きKNIGHTSのほうを頼めるかな? 実際に担当して、色々とやってみたいことも増えたでしょ」
「ありがとうございます。シャイPが自慢したくなる結果を、出してみせますので」
「心強いなあ。……と、次のレースか」
またも爆音が大気を振動させた。ギャラリーの声援も一際大きくなる。
(ふう……。クルマのおかげで、僕のビーストも鎮まったか)
その陰で危機を乗り越え、『僕』はこっそりと一息。変身してハッスルするほうが健全だということが、よくわかった。
大盛況のうちにホムラ・サーキットは幕を降ろす。
客はレース場をあとにし、急ピッチで片付けが始まった。
しかし『僕』たちはまだ撤収せず、次の企画へ進む。
「それじゃあ対決イベントと行こうか」
サーキット場には当然、クルマ関連の娯楽施設も一通り揃っていた。レーシングカーのプラモデルなども豊富なラインナップで販売されているのだとか。
「プラモデルは彼氏の趣味でして」
「あー。それで綾乃ちゃんもこういうの詳しいんだ?」
その中にはレースゲーム専門のゲームセンターもあった。
しかも今回対決で用いるのは、この夏にリリースされる新作だ。ラジコンと連動し、リアルのコースで競争できるというもの。
美香留が瞳を爛々と輝かせた。
「すっご~い! これに乗ってプレイするんっしょ? おにぃ!」
「そうだよ。これで操作した通りに、あっちのラジコンが動くんだってさ」
郁乃や里緒奈も興味津々に筐体を覗き込む。
「なるほど、なるほど……ラジコンのカメラが、このモニターと繋がってるんデスね」
「クルマのことはわかんないけど、面白そうじゃない!」
これを企画した綾乃の意図は、充分に伝わってきた。
まずはホムラ・サーキットに連動できる企画であること。
大手のゲームメーカーと関係を構築できること。
また大型の筐体や、実際にラジコンがコースを走るさまは、動画として大きな見どころとなるはず。そんな綾乃の発想力には『僕』も感心するばかりだ。
「最悪、グダグダのレース運びになっても、配信動画としては面白いかと……」
「そのあたりは編集次第だね。佐々木さんに任せるか」
同行中のスタッフのひとりが指で『オーケー』と応じた。
研修生のアイデアということで、彼らも不安に思っていたことだろう。しかし今回はアイデアの勝利、全員のモチベーションが上がってくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。