第299話

 そして、さらに次の日。

 梅雨明けを思わせる快晴の下、ホムラ・サーキットは本番を迎えた。

「いよいよ暑くなってきたわねー」

 里緒奈が眩しそうに初夏の日差しを仰ぐ。

「Pくんの魔法があっても、日焼けは気になるわねえ」

 菜々留は避暑地のお嬢様さながら、麦わら帽子を被っていた。

 遅れがちな美香留に、恋姫が声を掛ける。

「美香留? いつもは里緒奈と先陣切ってるあなたが、今日はどうしたの」

「だってぇ、まだ七時前なんだもん。早すぎ~」

 美香留の欠伸が三秒ほど続いた。

「それでこの暑さなのね……この先が思いやられるわ、リオナ」

「熱中症対策は忘れずにね。特に美香留ちゃんは、こっちの夏に慣れてないだろーから、みんなも気に掛けてあげて」

「もちろんよ。健康第一で頑張りましょうね、うふふ」

 新メンバーの美香留もSHINYの空気に馴染んできたみたいだ。

(まあSHINYでギスギスするなんて、想像もできないけど)

 里緒奈も、菜々留も、恋姫も、競いはしても争いはしない。実力云々より、そういった器の大きなところが、プロデューサーの『僕』にとって誇らしかった。

 マネージャーの美玖は溜息をひとつ。

「はあ……。そんなふうにプロデューサーぶったって、誤魔化せないわよ? 兄さん。昨日もチア部と体操部をハシゴして……本当にSHINYを優先する気あるの?」

 対し、『僕』は断言する。

「いやいやいや。どれを優先って話じゃないんだよ。全部大事だからネ」

「でも文芸部と体操部だったら、やっぱり体操部なんでしょう? Pくんの場合」

「そそっそ、そんなことないぞぞっ?」

「ひとりでハモるくらい動揺してるじゃないですか」

 JK関係を問題視されるのは毎度のこととはいえ、妹の言動には違和感があった。

(何だか根に持ってるなあ、美玖のやつ……)

 普段の美玖なら『僕』へのお小言は触り程度にして、早々と切りあげるはず。この妹は基本、お兄ちゃんとはお話したがらないからね……グスン。

 ところが今回は口を尖らせ、細かいところまで指摘してきた。

 嫉妬深いキュートの性格が、美玖のほうでも表面化しつつあるのだろうか。

 美玖とキュートは同一人物――その事実が『僕』の脳裏に居座る。

「ま、まあなんだっけ……ぱんつ?」

「話題を変えるにしても、下手すぎない? それ」

「今日もまたパンツが穿けないお仕事なんですよ? そんなに脱がせたいんですか?」

「ぬ、脱がせるなんて! コスチュームに対する冒涜だぞ?」

「なんで怒ってんの? おにぃ」

 賑やかな朝を送りながら、『僕』たちはシャイニー号でサーキット場へ。

 ホムラ・サーキットは毎年、夏と冬に一回ずつ開催される。

 そして夏の部は、例年通りであれば七月の頭。しかし今年は会場や一部の参加枠に都合がつかなかったようで、前倒しとなった。

 懸念されていた天候は快晴に恵まれ、レース場は陽光を一面に照り返らせている。

 まだ七時過ぎにもかかわらず、すでに大勢のスタッフが現地入りしていた。『僕』たちSHINYも挨拶を交わしつつ、行動を始める。

「それじゃ、みんなは着替えておいで。更衣室は美玖が知ってるから」

「レースクィーンの水着に、ですか……」

「まあまあ、恋姫ちゃん。逆襲はあとにしましょ?」

 仕返しを『逆襲』という言葉に置き換えるあたり、ハイレグ衣装の件は菜々留も怒っているらしい。仕事が終わったら、ケーキくらいご馳走するべきか。

「覗いたりしちゃだめよ? Pクン」

「えっ? おにぃ、そんなことしてるの?」

「してないってば!」

 メンバーを見送ってから、『僕』も取り急ぎ化粧室で準備を済ませた。

(寮で着替えてくりゃよかったかなあ)

 変身を解き、手頃な夏物に着替えておく。

 ちなみに下着はイチゴ柄のトランクスだ。里緒奈たちが『パンツくらい穿いたら?』とプレゼントしてくれたもので、ほかに水玉模様などもある。

 女の子のパンツだったら、ときめく柄なのに……。

「おはようございます。シャイP」

「うん、おはよう」

 それから綾乃と合流し、本日の段取りを確認。

「ゲーム大会の司会と、明日の新郎役はシャイPが……なるほど。どうして私、そんなことも思いつかなかったんでしょうか」

「頭がいっぱいの時って、よくあるよ。気にしないで」

 そこへVCプロの宍戸直子が近づいてきた。

「ウフフ。いい朝ね」

「あれ? 宍戸さんも?」

「アナタたちの対決に興味があって、来ちゃったの。別に構わないでしょう?」

 綾乃が『僕』に耳打ちする。

(暇を持て余してるんです、このひと)

(そうみたいだね。まあせっかくだし、見てもらおっか)

 オカマさんは少々苦手とはいえ、宍戸直子は実力派の演出家だ。今後のため関係を維持しておくのは、悪い話ではなかった。

 宍戸直子がオカマスマイルでバチッとウインクする。

「それに……綾乃、今日はアナタのお手並みも拝見させてもらおうと思って、ネ」

 挑発を受け、綾乃も不敵な笑みを浮かべた。

「聡子とは格が違うところを、存分に見せて差しあげますとも」

「ウフフ! 期待してるワ」

 宍戸直子も馴染みの後輩のことは気に掛けているらしい。

 前々からSHINYはホムラ・サーキットへ参加の予定だったが、直前になってKNIGHTSも枠にねじ込んだのは、この館林綾乃だ。

 これで失敗しようものなら、マーベラスプロも穏やかではいられないだろう。

(その時は僕が矢面に立つとして……)

 しかし裏を返せば、大型新人が実力を証明する絶好のチャンス。

 ついでにKNIGHTSも立てなおせるのだから、『僕』も大いに期待している。

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