第297話

 その夜、SHINYのメンバーも易鳥たちと同じように舞いあがった。

「お兄様とウエディング体験っ? やるやる! リオナ、絶~っ対にやるわっ!」

 里緒奈は立ちあがり、意気揚々と優勝を宣言。

 菜々留は頬に手を当て、溜息を漏らす。

「あらあら……勝者がひとりじゃ、ナナルたちも敵同士ねえ。……みんな、罠に掛かったり騙されたりしやすそうで……ナナル、とっても心配」

 こっちは早くも不安なんですが……。

「はいはーいっ! ミカルちゃんもおにぃと結婚、頑張りまーす!」

 美香留が元気印を輝かせる一方で、恋姫は戸惑っていた。

「それは『優勝できたら』の話よ? 勝ったほうにご褒美があるのなら……負けたほうには、やっぱりエッチな罰ゲームを用意してるんですよね? P君」

「ちょっと待って? 恋姫ちゃん。僕の名誉とか沽券を踏み抜いたよね? 今」

 まったく……股間で綱引きをやらせる、とでも思ったのだろうか。誠に遺憾である。

 そのあとも二、三の補足を加えつつ、『僕』はメンバーに確認を取った。

「――とまあ、こんな感じで。進めちゃっていいかな?」

「待ちなさいったら、兄さん」

 そこでマネージャーの美玖が口を挟む。

「結局、明後日は何のイベントなのよ? 前々から予定には入ってるけど、詳細はマネージャーにも伏せてるなんて……嫌な予感しかしないんだけど?」

「ギクッ」

 さすが怜悧な妹、鋭いうえに容赦がなかった。

 恐る恐る『僕』はメンバーの眼前で企画書を広げる。

「ホムラ・サーキットっていうレースでね? みんなにはキャンペーンガールを……ええと、去年は桃香ちゃんがやってくれたお仕事でさ」

 その一面には、美々しいレースクィーンに扮したMOMOKAの姿が。

 もはや水着であっても極端すぎるハイレグカットに、里緒奈たちは目を点にした。

「……………」

 肩のストラップこそあるものの、胸の谷間を曝け出すデザインで、MOMOKAの肉感的なプロポーションを大胆に引き立てている。

 無論、お尻はTバッグも同然で――。

「これを着ること自体が罰ゲームじゃないですかっ!」

 

   れんき は もえさかるかえん を はいた!

   『僕』に89ポイントのダメージ!


「キャー! タ、タスケテー!」

 恋姫の怒号を皮切りに、里緒奈や菜々留も顔を真っ赤にする。

「待ちなさい、Pクン! こんな衣装ばっか用意してくれちゃって!」

「信じられないわ……ナナルたち、これを着て、カメラの前に出るのよ?」

 さしもの美香留も驚愕と困惑を一緒くたにしていた。

「ね、ねえ? ミカルちゃん、こっちでクルマの本も読むから知ってるけど……レースクィーンってさあ、露出はともかく、ミニスカやホットパンツのが普通っしょ?」

 美玖が馬鹿馬鹿しそうに肩を竦める。

「スカートと水着だったら、必ず水着を選ぶのが兄さんよ。最近は女の子の下着……パンツにもご執心みたいだけど、ね」

 性癖において妹に図星を突かれるとか、死にそうな気分になるよネ……。

 マネージャーの妹を除いても、4対1。今にもぬいぐるみの『僕』をサンドバッグにして、アイドルたちがご自慢の徒手空拳を唸らせようとする。

「みなさま~。お風呂が沸きましたの」

 と、そのタイミングでメイドの陽菜がやってきた。

 知り合ってまだ間もない彼女の前では、さすがにバイオレンスな処刑を実行できないらしい。里緒奈はやれやれと拳を降ろし、ポーズを腕組みに変える。

「まったく……さてはPクン、陽菜ちゃんを盾にするつもりで雇ったんでしょ?」

「ち、違うよ? そんなこと……」

 と言いつつ、『僕』は陽菜の足首にしがみついていた。

 妹の視線がいっそうの軽蔑を含める。

「気をつけて、陽菜。兄さんの位置からだと、スカートの中が丸見えだから」

「Pくんったら、S女でそうやって、生徒のパンツを好き放題に眺めてたのよ? 人間の男の子だったら……ああ、逮捕されたこともあったかしら?」

 菜々留の物言いからも無数の針が飛び出していた。

 それでもプロデューサーの『僕』は、今夜のところは逃げの一択。

「え、ええっとぉ……そうだ! 陽菜ちゃん、もう遅いし、家まで送ろうか?」

 その提案に陽菜は柔和な笑みを弾ませる。

「よろしいんですの? ぜひお願いします、ご主人様っ!」

「じゃあ行こうか。すぐに行こう、今すぐ行こう!」

 背中越しに殺気を感じながらも、『僕』は陽菜とともにリビングをあとにした。


 一旦人間の姿へ戻り、服を着て。

 陽菜もメイド服からS女の制服に着替えて。

 廊下の先でゲートをくぐり、こちらの世界の実家へ跳ぶ。

 無論のこと、ここから近いとはいえ、真っ暗な夜道を女の子ひとりで歩かせる『僕』ではなかった。

「陽菜ちゃん、お守りは持ってる?」

「はいですの」

 陽菜が学生鞄の角を指差す。

 そこには『僕』手製、魔法のストラップが吊るしてあった。認識阻害の魔法が掛かっており、これひとつで持ち主の存在感を希薄にすることができる。

 実は数年前にも、『僕』は彼女にこれと同じものをプレゼントしていた。

 胸が大きいせいで、ひとの目が気になる――とのことで。

「まあ僕には効かないんだけどね」

「じゃあヒナの胸を見ていられるのは、お兄さん先輩だけ……うふふ」

 今も隣でゆっさ、ゆっさと揺れる巨乳から、『僕』はわざとらしく目を逸らす。

「ご、ごめん。あまり見ないようにするから……」

「あっ、お兄さん先輩は気にしないでください。お兄さん先輩でしたら、ヒナ……」

 陽菜は何かを言いかけるも、それきり俯いてしまった。

 お互いが相手を気遣うせいで、会話が途切れる。

「……」

 しかし無言でいても、間が持たないとか、気まずいとは思わなかった。

 彼女の隣を歩いているだけで、何だか胸の中がこそばゆいような。

(こういう内気なタイプの女の子って、僕の周りにはいなかったからなあ……)

 里緒奈や美香留とお喋りしながら歩くのも楽しいが、こうして陽菜と、夜の静寂に耳を傾けるのも楽しい。

 程なくして『僕』たちは彼女の家へ到着した。

 陽菜が律儀に頭を下げる。

「ありがとうございますの。それじゃ、また明日。学校で」

「うん。体操部も頑張ってね」

「はいっ! おやすみなさいですの」

 彼女を家の中へ見送ってから、『僕』も踵を返すことに。

 歩き出すとともに無意識に呟く。

「体操部かあ……」

「レースクィーンだけで飽き足らず……次はレオタードにロックオン?」

 ところが、『僕』の一言をすかさず拾い取る追跡者がいた。

 正確には追跡者たちだ。電信柱の影から頭を四段重ねにして、『僕』を睨んでいる。

「メイドさんにはお優しいのねー? お・兄・様?」

「ほんっと、男の子のPくんには油断も隙もあったものじゃないわ。ねえ?」

「何なんですか? さっきの少女漫画みたいなムードは……!」

「ふぅーん? おにぃってば、女の子が相手なら誰でもそーなんだぁ?」

 結局、逃げおおせることなどできはしないのだ。

 そう学習したはずじゃないか。何度も。

 それでも『僕』はぬいぐるみに変身して、夜空へ逃げ、

「逃がさないわよ? お兄たま」

「ア~~~ッ!」

 しかし菜々留のアリスティアリボンに捕まり、引っ張り戻されてしまった。


 ど、どうしたの? その武器……。

 こっちは変身ヒロイン編じゃないんだぞ?

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