第296話
そこで『僕』は綾乃とともにKNIGHTSを立てなおすことにした。
綾乃の研修としては、この上ない『教材』にもなるだろう。早くも綾乃はアイデアをまとめ、そのひとつを『僕』が採用。
「ホムラ・サーキットというレースのイベントがありまして。そのキャンペーンガール……要するにレースクィーンとして、参加してもらえませんか」
後ろの郁乃と依織が『あ』と声をあげる間もなく、易鳥が即答した。
「レースクィーンか。いいぞ」
多分わかってないんだろーなあ……レースクィーンが何なのか。
綾乃が不敵な笑みを浮かべる。
「それと……その企画で、どうです? SHINYと勝負しませんか?」
「勝負だとっ?」
挑発めいた提案を受け、天音騎士様は瞳を輝かせた。
「当然だ! まさか、こうも早く相まみえるチャンスがやってくるとはな。郁乃、依織、SHINYのやつらに吠え面をかかせてやろうじゃないか」
これには郁乃と依織も乗ってくる。
「レースクィーンの件はさておき、確かに勝負は面白そうデス」
「一応ライバルだし、白黒はつけておこうか」
天音騎士団は体育会系。
せっかくとばかりに郁乃が条件を付け足す。
「それなら、勝ったほうにご褒美なんてどうデスか?」
「負けたほうには罰ゲームだね」
依織が余計なことを言ってしまった気はするものの、『僕』とて用意はあった。
「ちょうどウエディング体験のレポート企画があって……SHINYもKNIGHTSもひっくるめて、優勝者にはその権利を進呈! ……で、どうかな?」
「ウエディング体験……?」
「さっきからおうむ返しばかりだよ? 易鳥」
ブライタルフェアの広報の一環で、新婦の役に枠がひとつ空いているのだ。
綾乃が自分で作った企画書を捲る。
「新郎役に男性タレントを起用しては角が立つので、そちらはシャイPにお任せするつもりです。シャイPが手頃なエキストラを手配――」
「なん……だと……?」
易鳥ほどの勇敢な天音騎士が、驚愕のあまりあとずさった。
郁乃が、さらに依織も声高らかに参加を表明する。
「ハイッ! イクノちゃん、やるデス! にぃにぃとゴールインしちゃいます!」
「そうはさせない。あにくんと結婚するのは、イオリ」
やけに意気込むふたりを見て、綾乃は不可解そうに首を傾げた。
「あの、シャイPにタキシードは無理では……」
彼女は『僕』をぬいぐるみの妖精さんと認識中なのだから、収録の際は『僕』が適当なエキストラを用意するものと思っているはず。
(まあいっか。今から新郎役を探すのなんて間に合わないし……)
しかし行き当たりばったりの企画なので、今回は『僕』も身体を張るしかなかった。
何より、
(たとえお仕事でも、SHINYのメンバーがどこぞの誰かと結婚……なんて、あんまり見たくないもんなあ)
そんな独占欲じみた拒否感も働き、『僕』は当日の配役を決める。
「そのあたりは僕のほうで上手くやるから。綾乃ちゃんは企画の調整を頼むよ」
「わかりました。シャイPがそう仰るなら」
SHINYのメンバーと違って、綾乃は『僕』のことを信頼してくれるんだなあ。
易鳥がゆらりと立ちあがる。
「そうか……優勝すれば、お前と結婚か」
その身体は小刻みに震えていた。武者震いだ。
後ろの郁乃が『僕』に確認を取る。
「にぃにぃ? そのウエディング体験って、勝ったほうのグループ……じゃなくて、優勝者ひとりだけの特権デスか?」
「うん。枠はひとつしかないからね。……あ、それだとグループ対決にはならないか」
「だったら簡単」
そこを依織がフォロー。
「残りのメンバーにはブーケでも持たせて、賑やかしにすればいいよ。で……そうだね、最下位を出したほうのグループは罰ゲーム。これでどうかな」
「罰ゲームかあ……」
プロデューサーとしては慎重にならざるを得ないアイデアだった。
ドッキリや罰ゲームは、加減を間違えれば『悪ふざけ』になる。当事者たちは合意のうえでも、ファンの目にそう見えてしまってはアウトなのだ。
「依織ちゃんのアイデアだと、連帯責任で巻き込まれるわけだし……依織ちゃん、どんな罰ゲームにするか、具体的に考えてる?」
「納豆ラーメンを……やっぱりだめ。イオリが嫌」
「こっちには易鳥ちゃんがいますからねー。巻き添えになる可能性は大デス」
「どーいう意味だっ!」
KNIGHTSのメンバー同士で揉めていると、宍戸直子がやにさがった。
「罰ゲームならVCプロに『いいモノ』があるわよォ? 栄養満点、お野菜スーツ」
「ヒイッ!」
いきなり誰かが悲鳴をあげる。
『僕』たちは右を見て、左を見て……後ろを見て、やっと悲鳴の主を見つけた。研修生の綾乃は血の気が引くまで青ざめ、唇をわななかせる。
「あ、あのスーツが……まだVCプロに……」
「今も倉庫で眠ってるワ。ウフフッ」
それは保管されているのではなくて、厳重に封印されているのでは?
一応、『僕』は巽Pに電話で聞いてみる。
「もしもし、巽さん? VCプロに野菜スーツってのがあるそうなんですけど……」
『宍戸にでも聞いたか? おー、あるぜ。とっておきの衣装がな』
「貸してもらえますか?」
「シャ、シャイPっ? 本気ですか?」
あくまで『一応』だよ? 一応聞いてるだけ、だからね?
もちろん罰ゲームごときで、勇敢な天音騎士様がビビるはずもなかった。
「ウエディング体験か……イスカにもようやく運が巡ってきたようだな。ふっふっふ」
幼馴染みの易鳥も女の子。花嫁には憧れるものらしい。
ところが、依織が妙なジンクスを持ち出してくる。
「でも易鳥、いいの? 未婚の女性がウエディングドレスを着ると、結婚が遅れるっていうけど」
「なっ? そ、そうなのか?」
「あー、イクノちゃんも知ってるデス。それ」
女子高生たちによって問われる、ウエディングドレスの価値。
男子の『僕』はそれを一蹴する。
「それを言い出したら、ブライダルフェアは成立しないんじゃない?」
「あにくん? 大事なことだから」
「大事なお話なんデスよ? 空気読んでください」
「決まった相手がいても、遅れる可能性はあるのか……うーむ」
崇高な女子会に男性の価値観で口を出してしまい、申し訳ございませんでした。
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